第55話 仏罰


 騒然とする坊主と中郷の連中を無視するように三ちゃんは近くにいた人に命じて鉄片を赤熱させた。

 手のひらの上に牛王宝印を広げ、その上に赤熱した鉄片を置かせる。


 迷うことなくその鉄片を握りしめたけれど、もちろんヤケドすることはないし三ちゃんも平然とした顔をしている。


 そのまま、十歩ほど離れた場所に設置された台まで歩き、鉄片をそこに置いた。


「――見よ! これこそ我らが正道の証である!」


 傷一つない手のひらを掲げてみせる三ちゃんだった。この織田信長、ノリノリである。実はこういうイベント大好きだな? そういうところも可愛いぞ?


 うぉおお! と、こちらもノリノリに騒ぎ出す十ヶ郷のみんなだった。そりゃあ相手が一方的に喧嘩をふっかけてきて自滅(?)したのだから是非も無し。悪の栄えた試しなし。


『主様が健康無事に過ごしているのですから悪は栄えまくっているのでは?』


 あははー、どういうことかしらプリちゃんー?


 まぁでもこれで火起請もお終いでしょう。私や十ヶ郷のみんなはそう思っていたし、たぶん中郷の人たちもそう考えたはずだ。


 なのに。

 中郷の代表者――痩せこけた青年は火起請を続行した。手のひらに新たに用意された(普通の)牛王宝印を広げ、その上に赤熱した鉄片を置かせる。


「ぐっ! ぐぅううぅううっ!」


 肉の焼ける嫌な音と匂いが辺りに漂う。熱された鉄片は特別な加護のない青年の手を容赦なく焼いていく。歯は顔が赤くなるほどに食いしばられ、頬には涙が伝っている。


 熱くないわけじゃない。

 痛みを感じていないわけじゃない。


 なのに青年は嗚咽をかみ殺しながら一歩二歩とふらつきながら歩き続け、ついに、指定された台にまでたどり着いた。


 青年が手を広げる。

 しかし、鉄片が落ちることはなかった。あまりにも長時間握っていたせいで、鉄片と焼けただれた皮膚がくっついてしまっていたのだ。


「ぐっ! がぁ! あぁああああっ!」


 青年が鉄片を引きはがす。自らの皮膚と肉が剥がれることも構わずに。


 血と肉片が付着した鉄を青年が台の上に置いた。これで双方の代表者が一応成功したことになる。


 しかし、頑張った青年には悪いけど、無傷である三ちゃんと、手のひらが焼けただれた青年とではどちらが『仏神に選ばれたか』など火を見るより明らかだった。


「俺たちの勝ちだ!」


 十ヶ郷の誰かがそんな声を上げた。


 すると、敗北した中郷の連中が一斉に痩せこけた青年に視線を向けた。その目には一種の狂気が宿っている。と、感じたのは気のせいではないだろう。


「――殺せ!」


「仏神を謀った!」


「神を欺いた以上、殺さねばならん!」


 中郷の連中が我先にと痩せこけた青年に手を伸ばし、拘束する。そして持ち出した刀を青年に向けて――


 いやいや、ちょっと待って!? 何で公開殺人事件が始まろうとしているの!?



『火起請で破れた者は境界争いで嘘の主張をした――つまりは神を欺いたとして惨たらしく殺される決まりだったようですね。引き裂いた身体を別々の場所に埋め、塚を建て、その塚を新たな境界線にした例もあったそうで』



 …………。


 ……ふぅん?


 つまり、あいつらは、あんなにも頑張って火起請を成し遂げた青年を殺そうとしていると? 神様を怒らせたなんてくだらない理由で?



「――ふざけるなっ!」



 中郷の連中の真ん前に雷の魔法を落とす。まさしく青天の霹靂となった雷に中郷の連中の動きが止まる。


 しかし私は容赦しなかった。



「――跪け」



 重力操作の魔法を受けた中郷の連中が地面に叩きつけられた。正確に言えば痩せこけた青年を除いた中郷の連中が。


「が、ぐっ、い、息が……」


 少々魔法が強すぎたのか窒息している人間もいるようだけど、知ったことか。人を殺そうとしたのだから殺されても文句は言えないでしょう。


 そもそも。楽しい宴会の最中に境界争いを仕掛けてきて、火起請だなんだと騒ぎ立て、負けた鬱憤を頑張った青年に向ける。そんな連中が死のうが生きようが私としてはどうでもいいのだ。


 なのに――



「――帰蝶。そこまでにしておけ」



 三ちゃんが、私を後ろから抱きしめた。止めるように。慰めるように。


「あの迷信深さはくだらないが、そんなくだらない人間の血で帰蝶の手を汚すこともあるまい。ここは当事者である十ヶ郷の皆に任せておくがいい」


「……お優しいことで」


 三ちゃんに言われたのなら否やはない。


 ちょっと『おしおき』しすぎたのか魔法を解いても中郷の連中が立ち上がることはなかった。


 背中から回された三ちゃんの手を二、三度叩き、抱擁を解いてもらってから痩せこけた青年に歩み寄る。


 酷いヤケドを負った手を取り、皆に見えるよう天高く掲げる。



「――薬師如来の加護を、今ここに」



 青年の手に回復魔法を掛ける。ゆっくりと。治っていく様がよくよく見えるように。

 剥き出しとなった骨が隠れ、血管が修復し、神経が元に戻り、皮膚までが元通りになっていく様子は回復魔法を知らない人間からすれば『奇跡』にしか見えないでしょう。


 三ちゃんが私の隣に並び立つ。


「見よ! 薬師如来はこの者に許しを与えた! 今後、この者を虐げることは薬師如来の怒りに触れると知れ!」


 ノリノリだ。実は三ちゃんこういうの好きだな? あの織田信長が新興宗教の教主みたいなことやってるの、超面白い。


 さすがは後の天下人。三ちゃんの言葉に中郷の連中は『へへー!』とばかりに深く頭を下げたのだった。



 ……今さらだけど私が『薬師如来の化身』というのは確定なのかしらね?



『自分でも散々都合よく利用していたのですから、ほんと今さらの疑問ですよね』



 今日もプリちゃんのツッコミは絶好調でござった。



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