第54話 敗因:帰蝶


「集落のために我が身を差し出すその覚悟! 気に入った! ここは市助の兄であるわしが火起請をやってやろうではないか!」


 三ちゃんであった。

 織田弾正忠家の嫡男にして将来の天下人がこんなアホなことをやろうとしていた。つまり三ちゃんはアホなのだろう。


 平手さんや可成君が止めに入る(そして愉快な仲間たちは無責任に煽る)けれど、三ちゃんは聞く耳を持たない。生臭坊主に『さっさと準備せんか!』と命令している。


 三ちゃんの説得は無理と判断したのか平手さんと可成君がこっちに駆け寄ってきた。


「き、帰蝶様! どうか若様を止めてくだされ!」


「こんなことで若様が不具者(障がい者)となれば我ら腹を切らなければなりません!」


「あー、大丈夫ですよ。私が三ちゃんにヤケドさせるわけないでしょう? というかヤケドくらいならすぐ治せますし。たぶん三ちゃんも私が何とかすると確信しているんじゃないですかね?」


 いや三ちゃんの場合は考え無しのノリと勢いで決断していてもおかしくはないけれど。そんなところも可愛いぞ三ちゃん。


「む、」


「たしかに、帰蝶様の“真法”であれば……」


 渋々ながら平手さんと可成君も納得したらしい。



『いや納得しちゃダメでしょう。ヤケドはしないかもしれませんが、織田弾正忠家の嫡男が火起請をやること自体に反対しませんと……』



 せっかく気づかずに騙されているんだから、細かいことは言いっこなしよ。


「で、ではさっそく……」


 いきなり登場した三ちゃんに坊主は戸惑っていたけれど、首を落とされるよりはマシと判断したのか火起請を進めようとする。


 十ヶ郷の代表は三ちゃん。そして、中郷の代表は……痩せこけた青年だった。


 いや本当に痩せこけている。飢饉であれば納得もできるけれど、周りの中郷の連中は普通だから彼の栄養失調具合がひときわ際立っている。



『おそらく、解死人でしょう。他の集落との間で揉め事が起こった際、犯人の代わりに差し出すために村で飼っている人間でして。元々は集落の人間じゃない流れ者ですから、たとえ障害を負ったり死んだりしてもかまわないと』



 すげぇなぁ戦国時代……悪い意味で。


 私がドン引きしている間にも準備が着々と進んでいく。


 プリちゃんによると火起請とはまず精進潔斎(肉食を断ち、酒を飲まず、心身を清めること)をしてから牛王宝印(お札・守り札)を手のひらに広げ、その上に赤熱した鉄片を置くらしい。


 いや三ちゃんクマ鍋食べたじゃん。さっきまでワイン飲んでたじゃん。というツッコミはグッと飲み込んだ私だった。神様なんて人間が何を飲み食いしたかなんて気にしないし、それに――珍しいものを見つけたから。


 坊主が懐から取りだし、痩せこけた青年の手のひらに置いた牛王宝印。見た感じはただの大量生産されたお札でしかない。


 でも、私には分かる。アレは一種の魔導具だ。

 その効能は、耐熱強化。


「へー。見たことない術式ね。いや“初代勇者”が使っていたものと似ているかしら? ほぅほぅ、なるほど。ここをこうすることで大気中の魔力を使えるように――」


 軽い足取りで痩せこけた青年に近づき、牛王宝印(魔導具)を観察する。


「な、なんだこの南蛮人は――ぐっ!?」


 なにやら生臭坊主がうるさかったので威圧ズウィンで動きを止める。


 正直言って拙い術式だし、所々訳の分からない部分もある。たぶん魔術の才能がある人間が最初に術式を完成させ、それを代々受け継いでいくうちに変質していったのでしょう。まぁつまり、この魔導具を複製した人間は魔術の『ま』の字も理解してないってこと。


 耐熱強化と言っても大した効果はない。私が作ればマグマすら掴めるようになる術式だけど、魔術を理解していない人間の作った複製品ではヤケドを軽減させる程度の効果しかない。


 でも、効果があることは確かであり。

 赤熱した鉄片を持ち歩くことくらいはできるようになるはずで。

 そんな魔導具を、神判とやらに持ち出すのはルール違反でしょう。


 痩せこけた青年から牛王宝印を取り上げる。そして――


「――はい没収。こういうのは正々堂々とやりなさい」


 炎の魔法を使うと牛王宝印はメラメラと燃え始めた。いくら耐熱効果があろうと魔法の炎を防げるほどではない。結果、牛王宝印は十秒もしないうちに灰になってしまった。


「な!? 馬鹿な!? 法主様に御祈祷していただいた牛王宝印が――!?」


 どこの寺か知らないけど、大したことないな法主様。いや魔術という概念がない中でこれだけのものを複製できるは凄い……の、かな?


 なんだか坊主のオーバーリアクションで気分が良くなった私は三ちゃんの右手を掴み、天高く掲げた。



「――刮目せよ! 薬師如来の加護やあらん!」



 ぺっかーっと三ちゃんの右手が光り輝いた。


 まぁ光らせたのはただの演出だけど、その他には効果的な魔法を付加しておいた。


 具体的には耐熱強化。あとついでに万が一の自動回復。ふっふっふっ、これなら溶鉱炉に手を突っ込んでも無傷って寸法よ。どんとこい火起請。鉄片が冷めるまで持ち続けられるわよ。



『……あなたさっき『こういうのは正々堂々とやりなさい』って言っていませんでしたか?』



 卑怯卑劣な坊主相手なのだから、是非も無し。マムシの娘を前にしてインチキしようとしたのがあやつの敗因よ。



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