第86話 小西隆佐の妻


「解せぬ」


 首をかしげるしかない私だった。


 いやたしかに女衒に説教しようとは思ったよ? うちの三ちゃんに変なことを教えるなと怒ろうと思ったよ? なのになぜ怒っていない段階で怖がられなきゃならないのか。命の危険すら感じられてしまうのか。解せぬ。


『まぁ、主様ですし』


 どういうことやねん。


『やはり見抜ける人には見抜けるのでしょうね』


 どういうことやねん。


『死人が出なかったのは奇跡でしたね』


 どういうことやねん。


 怒濤のツッコミをしつつ、三ちゃんのところに戻る。今日はもう遅いので小西さんの家に宿泊させてもらうことになった。


 戦国時代とは思えない瓦葺きの家に入る。

 玄関ではまだ年若い少女が三つ指をついて出迎えてくれた。


 どこか気恥ずかしげに小西隆佐君が紹介してくれる。


「帰蝶様。こちら、手前の妻である『若草』でございます」


「…………」


 ん~?


 妻?


 奥さん?


 ……隆佐君、結婚していたの!? まだ子供じゃないの!?


『小西隆佐の生年は確かな資料がありませんが、1533年生まれだとすれば現在15歳くらいですし。結婚していても不思議じゃありませんね』


 戦国時代、早いなぁ……。まぁ人間50年の時代だからしょうがないのかな?


 若草さんが立ち上がり、私たちを案内してくれようとする。そんな彼女に隆佐君が素早く近づき、そっと肩を抱いた。


「若草。身重なのだからあまり無理してはいけないよ」


「……ありがとうございます」


 頬を赤くして下を向く若草さんだった。


 身重? みおも、って、たしか妊娠しているって意味よね?


 …………。


 ……妊娠しているの!?


 若草さん、どうみても隆佐君と同い年か、ちょっと年下くらいだよね!? やることやったの!? ズッコンバッコンやった――


『――自重しろポンコツ』


 あいすまぬ。


 いやでも早くない? 早すぎない? もう生まれちゃうの小西行長?


『……小西行長とは年代が異なりますし、兄の如清でしょうか? 如清なら生年不詳ですから今生まれても……いえそれでは行長と10歳くらい年齢が違ってきますね。ありえなくはないですが、10年子供が生まれないというのも……。……初産は若すぎて子供が夭逝したとか?』


 つまり、生まれた子供が育たず天に召されてしまった可能性もあると?


 …………。



「――よし! これより授業を開始します!」





 テキトーな部屋を準備してもらって、アイテムボックスから(前の世界で使っていた)黒板とチョークを取り出した私である。


 目の前で正座するのは隆佐君、三ちゃんと愉快な仲間たちだ。とくに犬千代君にはよ~く言って聞かせなければ。


「いいですか? 初潮が来たからと言ってすぐ子供を産ませていいわけではありません。出産可能年齢と出産適正年齢は違います。よく覚えておくように。特に犬千代君」


「へ?」


 首をかしげる犬千代君だけど、是非も無し。あなた将来11歳の子供を孕ませるのだから。


「子供を産むのに十代では早すぎるのです。子宮をはじめとした肉体が成熟していませんし、女性ホルモンの分泌も不安定。子供も未熟児で生まれてくる可能性が高いとされています。身体の成長には個人差がありますが、せめて二十代になりませんと母体にとっても子供にとっても危険なのです。分かったわね犬千代君?」


「あ、はぁ……なぜ拙者にばかり?」


 貴様が11歳の子供を孕ませるからじゃ。よ~く聞いておけよロリ〇ン。まつちゃんを11歳で孕ませたら本気でぶん殴るからな?


 私が威嚇していると、平手さんが恐る恐るといった風に意見を述べた。


「し、しかし、帰蝶様。子を産んでも男子とは限りませんし、夭逝する可能性も高いのです。後継ぎのことを考えれば、なるべく早いうちから子供を産み始めなければ……」


「あぁ、大丈夫。私に任せてくれれば百発百中ですよ。二十代からでも何の問題もありません」


 何がとは言わないけどね! とにかく百発百中なのだ! なので任せてください色々と!


 私が親指を立てていると、光秀さんが期待を込めた目で私を見つめてきた。そういえば光秀さんってまだ子供がいないんだっけ?

 ふっふっふっ、任せてください光秀さん。美濃に帰ったらまず煕子さん(光秀妻)と相談してみましょうか。


 私が『まかせんしゃーい!』と胸を張っていると、三ちゃんがゆっくりと立ち上がり、私の両手を掴んできた。


「……帰蝶。よくわかった」


「うん?」


「二十代になれば身体が成熟するのだな? ならば、是非も無し。わしも帰蝶が二十歳になるまで我慢しようではないか。後継ぎのためとはいえ、帰蝶を失いたくはないからな」


「…………」



 ………………。



 ……………………。



 ……………………………。



 ど、どうしてこうなった!?


 だ、大丈夫よ三ちゃん! 私はもう成長しないというか、成熟しているから! いつでもどこでも三ちゃんを受け入れられる(意味深)わよ!


『成長しない……。確かに成長していませんね』


 プリちゃんあなた違う意味で言っていません? 肉体的な意味じゃなくて精神的な意味で言っていません? 私ほど日々成長している人間はいないというのに……。


『……そういうところです』


 こういうところが成長していないらしい。解せぬ。


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