第103話 千宗易
学校のことは美濃に帰ってから考えるとして。宗久さんが船を用意してくれたそうなのでさっそく湊まで移動する。
湊で目を引くのはやはりできたばかりの巨大な桟橋と防波堤。すでに南蛮船も止まっているのでかなりの儲けが期待できる――じゃなかった。みんなが楽をできるならこれ以上の喜びはないわよね。
『……人から感謝されるより金を稼ぐことの方が好きなくせに』
ふふふ、プリちゃん。そんなことないわよ? 私、人から感謝されるの、大好き。だって人から感謝されればいずれ回り回って私の利益となって返ってくるもの。
『守銭奴ぉ……』
失敬な。私はお金儲けが好きだけど守銭して死蔵するつもりはないわよ。どんどんどんどん投資するし三ちゃんのためなら湯水のように使っちゃうし。
『やはり金を貢ぐことでしか若い男をつなぎ止めることができないアラサー――』
やかましいわ。
突っ込んでいると話を聞きつけたのか武野紹鴎さんが駆けつけてくれた。なんだか妙に背が高い青年を伴っている。
「帰蝶様。美濃にお帰りになるそうで……」
「えぇさすがに長期間滞在するわけにはいきませんから。しかし、撰銭屋の様子も気になりますし、また近々訪れようと思います」
「おぉ、そうですか。こちらとしても帰蝶様とは末永いお付き合いをしたいと考えておりまして。再度の来訪の際にはぜひ茶会にも参加していただきたく」
ちらり、と私の近くにいた今井宗久(娘婿)を見る紹鴎さん。『婿殿だけお近づきにはさせませんよ』とその目が語っている。気がする。
ふっ、モテる女は辛いわね。
『どちらかというと金目当て……』
やっかましいわー。
しかし、茶会。茶会か。
私も前の世界ではお茶会や夜会に参加した経験があるけど、日本の茶会とはまた全然違うからね。顔に微笑みを貼り付けながらお偉いさんに挨拶したり皮肉と嫌味の応酬をしなくてもいいとか天国なのでは?
『……あなた黙ってお茶を飲むとかできるんですか?』
さすがの私でもそれくらいできるわい。元王太子の婚約者を舐めないでいただきたい。猫かぶりは得意である。
私が胸を張っていると紹鴎さんが隣の青年を紹介してくれた。やはり背がでかい。180cmはあるのでは?
あかん、180cmクラスとか戦国時代では珍しいはずなのに、犬千代君が近くにいたせいであまりインパクトがないわ。戦国時代、意外と背が高い人って多いのでは?
「帰蝶様。こちら、手前の弟子である与四郎――いえ、千宗易と申す者。まだまだ未熟者ですが、商才はありますので何かと帰蝶様のお役に立てるかと」
せんのそーえき?
それってもしかして――
『後の千利休ですね』
マジか。若いな。老人ってイメージなのに。いやでも三ちゃんだってまだ15歳くらいなんだから当たり前か。
ほぅほぅ、宗久さんをさらに超える武士っぽさ。是非とも『親とは木の上に立って見る!』と息子を叱りながら殴って欲しいわね。
『いや殴ったら見守ってないじゃないですか。手ぇ出しているじゃないですか』
今日もプリちゃんのツッコミは絶好調でござった。
「…………」
じぃー、っと。私を見つめる千宗易さん。きっと私の美貌に見惚れているに違いない。
『主様のそのポジティブさは何なんですかね?』
事実だものね、しょうがないわよね。
と、私がボケていると。
「……何とも美しい女性でありますな」
かなり渋い声で褒めてくる千宗易さんだった。ほら見ろ事実だった!
私が鼻を高くするのと同時、なにやら深々とため息をつく宗易さん。
「実に惜しい。その髪が黒ければ、なお美しかったでしょうに」
「…………」
「…………」
何を言っているんじゃ、とばかりに顔を蒼くする紹鴎さんと宗久さん。うん、戦国時代基準でも結構失礼な発言らしい。
『千利休の黒好きってこの時期からなんですか……?』
なにやらプリちゃんまでドン引きしていた。まぁこっちは『どんだけ黒好きやねん』って感じの引き方だけど。
ふっふっふっ、中々に正直な青年ね。おねーさん正直な子は大好きよ?
『……自分が腹黒でねじ曲がって不直な人間ですからね。無い物ねだりは人のサガですか』
そろそろ泣くぞ?
プリちゃんの口の悪さはあとで何とかするとして。私はちょちょいと魔法を使って自慢の銀髪を黒く染めてみた。
「おぉ!」
「なんと! 一瞬で黒髪に!」
驚愕する紹鴎さんと宗久さん。ふふん、もっと驚いてくださいな。私、驚かれて伸びる子だから!
『これ以上間延びしてどうするんですか?』
間延びって何やねん間延びって。私の性格が締まりないってか? そもそも『伸び』と『延び』で字が違うし。
プリちゃんに突っ込んでいると、なぜか地面に両膝を突く千宗易さんだった。
「初めて会った手前の好みに合わせ、自らの髪を染めるとは……! これこそまさに『もてなし』の心! この千宗易、茶の湯の原点にして極致を垣間見させていただきました!」
なんか知らんけど号泣する千宗易さんだった。いつの間にやら茶の湯の極致に至っていたらしい。さすがは私である。
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