第104話 ボーンチャイナ



 地面に膝を突いて号泣する千宗易(身長180cmくらい)。そのあまりにもアレな光景に、無礼な発言を咎めようとしていた紹鴎さんと宗久さんもドン引きしておられる。いや知り合いなんだから止めてくれません? 目立ってしょうがないんですけど?


 帰蝶様が原因なのですから――

 そっちが連れてきたんですから――


 と、無言のうちに責任を押しつけ合う私たちだった。


 さてどうしたものか。なんだか衆人環視の目が宗易さんだけではなく私にも向けられている気がする。これは私の美貌に見惚れて――とふざけることのできない私はやはり小心者だろう。


『これだけの目を向けられながら冷や汗一つ流さずに立っていられる人間は『図太い』とか『横風』とか『驕傲』と表現されるのでは?』


 あまり難しい言葉使うの止めてもらえません? とっさに反応できないので。いや貶されていることは分かるけどさ。


 プリちゃんに突っ込んでいると宗易さんが号泣を止め、立ち上がった。やはりデカい。こんな人が狭い茶室に陣取っていたらそりゃ福島正則も『コイツには勝てん』となるってものだ。


 なんかもう、茶人というよりは武士とかボディビルダーとか表現した方がいいんじゃなかろうか? 胸筋の分厚さが異常である。堺の商人って筋骨隆々な人多すぎない?



『まぁ移動は基本的に徒歩でしょうし。下働きの頃には人力で荷下ろしや荷運びをするでしょうし。盗賊などから身を守ることも考えればマッスルでも仕方ないのでは? 豪商ならいいものも食べているでしょうし』



 プリちゃんの推測はまぁまぁ説得力があるけれど、それにしたって体格良すぎでは?


「あの、ほんとに茶人ですか? 武士ではなく?」


 ついつい紹鴎さんに尋ねてしまう私だった。


「はい、見た目はアレですが間違いなく。……商人としての才能は確かなのですが、どうにも融通が利かないといいますか、頑固といいますか、直情的でしてな。これでもう少し柔軟性があれば養子にとって店を任せてもいいのですが……」


 紹鴎さんも扱いに困っているっぽい。そんな人を紹介しないでくれません? いや後の『茶聖』なんだから今の時点でも才能はあるんだろうけどさ。


 なんだかいまいち信頼できなかった私は『鑑定』してみた。うん、まぁ当然だけど本物の千宗易だ。やはり目利きではあるのか中々高ランクの『鑑定眼アプレイゼル』を持っている。


 知り合いだからわざわざ鑑定したりはしないけど、歴史から見れば今井宗久さんや武野紹鴎さんも『鑑定眼アプレイゼル』のスキルを持っていても不思議じゃない――


 ――おっ、ちょっと思いついた。


 人材も確保したことだし、美濃に帰ったら本格的な畜産に取り込むことになる。そうなると肉食用に解体したあと骨が余るのだけど……その骨を使って『ボーンチャイナ』を作ってみようと考えていたのだ。


 ボーンチャイナ。


 ボーンとは骨という意味で、チャイナとは中国のことではなく、磁器(チャイナ)のことだ。磁器の発祥&最大の生産地が中国だったから『チャイナ』と呼ばれるようになっちゃったと。


 で、欧州でも白磁器を再現しようと試行錯誤を重ね、ドイツなんかでは成功したのだけど……原材料(カオリン)が手に入らなかったイギリスは再現できなかったのだ。


 そしてイギリス人がカオリンの代替品として目を付けたのが土でも鉱石でもなく、『骨』だったと。


 なぜ骨に行き着くのか。

 思いついたとして、なぜ実際に試してしまうのか。

 さすがイギリス。英国面の国である。


 まぁしかし骨を使った白磁器は大成功。ボーンチャイナ(骨灰磁器)として全世界へと広まることとなったのだ。


 18世紀にね。


 ちなみに『今』は16世紀である。


 まぁつまり、今の時点ではボーンチャイナなんてものはないわけであり。外国に売り出せばかなりの利益が出るんじゃないのかな?


 ……いやシノワズリ(中国趣味)は17世紀頃からなのでまだ早いかもしれないけど。試しに売ってみればいいと思う。


 でも私には外国商人相手の伝手なんてないわけであり。手っ取り早いのが堺の商人に卸してしまうことだ。鑑定眼アプレイゼルを持っている商人ならその価値も見抜けるでしょうきっと。


 というわけで、アイテムボックスから前の世界で大量生産していたボーンチャイナを取り出した私である。佗茶が流行している日本では華美な装飾は忌避されそうだから、まずは無地のティーカップだ。


 私が出したティーカップを見て宗易さんが目を丸くした。


「き、帰蝶様っ! その妙なる器は一体!?」


「母の故国で作られていた茶器です。牛の骨を原料にして作られていまして」


「ほぉ、牛の骨でそのような美しい茶器を……いや確かに白いことは白いですか」


 宗易さんが我慢できないとばかりに手を伸ばしてきたので茶器を渡す。


 意外と普通の反応ね。前世日本だと『骨で作られているなんて気持ち悪い!』って人は結構いたんだけど……。まぁ、人の頭蓋骨で作った盃でお酒飲んじゃう時代だし、ある意味当然の反応か。



『いえ、それは俗説というかそもそも信長は酒飲まないですし。信長が作ったのは頭蓋骨を『薄濃はくだみ』にしたものでして。薄濃とは、頭蓋骨に漆を塗ってから金箔などを貼り付けたものですね。元々は敵将に敬意を評し、その力を自らに取り込むためのものだったとか』



 なんという邪法。魔女さんもビックリである。


『あなた意外と邪法の類いはしませんものね』


 意外とって何だ意外とって。こんな聖なる私がいつ邪法に手を染めたというのか。解せぬ。


『……錬金術で金相場を大暴落させて国家財政を傾けるのは十分邪法に手を染めてませんか? むしろ邪法そのものじゃないですか?』


 解せぬ。


 私が解せぬ解せぬしている間にも宗易さんはティーカップを掲げたりひっくり返したりしてじっくり観察していた。


「……何という透明感。まるで光が透けているかのような……。明の白磁器は冷たい感じのする白さですが、こちらは暖かみのある白ですな。なるほどこれは……」


 なんだか自分の世界に入ってしまう宗易さんだった。いくらくらいで売れそうか聞こうとしたんだけどなぁ。



『……あの黒至上主義者の千利休に白の極致であるボーンチャイナを見せるとは……何という鬼畜』



 なぜティーカップを見せたくらいで鬼畜扱いされなきゃならないのか。解せぬ。


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