第105話 会合衆
帰蝶が船で美濃へと戻ったあと。
今井宗久たち会合衆の面々は臨時の会合(会議)を開くために堺北荘の経堂に集まった。
会合衆は36人いるが、それはあくまで組織運営に必要な人員の数。今回はそこまで大規模なものではなく、会議の中心となるのは納屋衆とも呼ばれる豪商10人であった。
長年堺の運営に携わってきた武野紹鴎や、今井宗久や千宗易といったこれからの堺を背負って立つ若者など。会合衆には多種多様な人物が顔を揃えていた。
会議前の雑談でも話題の中心となっているのはもちろん帰蝶のこと。どうやって彼女に取り入るか、どうやってこちらに利益を呼び込むか。そんな話ばかりをしている。
ある意味で未来への希望に満ちあふれた会合衆の中で、ただ一人。難しい顔をしている男がいた。
――津田宗及。
堺でも有数の豪商『天王寺屋』の主として会合衆の中心にいる人物であり……。先の大桟橋に関する会議では関税の二重取りに反対した筆頭であり、関所の管理金をせしめようとした男だ。
津田宗及としては当然の要求をしただけだし、今井宗久や小西弥左衛門以外で明確に反対した者もいなかった。つまりは会合衆の主流意見ではあったのだが……。帰蝶の“力”を目の当たりにした今となっては会合衆の皆からも『帰蝶に反対していた人間』、『自分たちはそこまで反対していなかったのだが、津田殿が……』という目を向けられつつあった。
津田宗及が悪いわけではない。堺のことを思い、堺に少しでも多くの利益をもたらそうとしただけのこと。つまり悪いのはすべて帰蝶なのである。
しかし、だ。
悪気がなかったとはいえ、今の状況は津田宗及にとってかなり危機的であった。
帰蝶が堺に大桟橋を作ってくれたのは、今井宗久や小西弥左衛門と交流があったからこそ。つまり、これから帰蝶が堺に利益をもたらすたび、帰蝶を連れてきた宗久と弥左衛門の影響力は拡大していくことになるだろう。
逆に、先の会議で帰蝶に反対する立場を取ってしまった津田宗及は……。
何とかしなければと頭を悩ました津田宗及は、起死回生の一手を打つことにした。
会合衆の中でも長老格である武野紹鴎に向き直る。
「一つ提案したいのですが。いかがでしょう? ここは、帰蝶様に会合衆の一員になっていただくというのは……」
「会合衆の?」
突拍子のない発言に紹鴎が訝しげな顔をするが、よく考えれば悪くない提案だ。
帰蝶はすでに大桟橋という『不動産』を堺に有しているし、堺の町中に『撰銭屋』を開いている。堺の商人と名乗っても不満の声は出ないだろう。少なくとも、帰蝶の“力”を目の当たりにした会合衆の内からは。
そもそも津田宗及の先祖は大阪からやって来たのだし、武野紹鴎も若狭武田氏の末裔とされている。先祖代々堺に根を張っていたわけではない者でも会合衆になれるのだから、美濃出身の帰蝶が会合衆になったとしても問題はないだろう。
いや、帰蝶は美濃守護代の娘であるので父親である斎藤道三からの許可が必要ではあろうが……前もって帰蝶に話を通すことくらいは許されるはずだ。
帰蝶がこれからも堺を重視してくれるように。大坂や兵庫に取られぬように。できうる限りの地位を用意し、誠意を見せる。そうすれば帰蝶とて堺を悪いようにはしないだろう。
紹鴎が面白そうに顎を一撫でする。
「ふむ……。守護代の姫君を会合衆に迎え入れるなど前代未聞ではあるが、試してみるくらいはいいだろう。……皆はどうだ?」
当然のことながら反対意見が出ることはなく。今度帰蝶が堺にやって来たときにその提案をしてみようということで話はまとまった。
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