第106話 黒狂い


 ――黒。


 千宗易は『黒』こそが至高だと思っていた。どんな色にも染まらず、逆に、どんなものでも自分色に染めてしまう。その強さ。その深さ。何よりも美しかった。何よりも気高く感じられた。


 白磁器などつまらない。冷たさしか感じられない白など何の面白味もない。宗易は本気でそう考えていたし、周りにもそう主張し続けてきた。


 華美な装飾を排除した佗茶は宗易の趣味に合っていたが、まだまだ甘かった。もっと装飾は排除するべきだと常々感じていた。どっしりと。深々と。茶の湯はさらなる極みに至らなければならなかった。


 つまりは、黒である。

 黒こそが至高なのである。


 珠光茶碗も中々良いが、宗易からすれば何かが足りない。――やはり黒。黒い器こそが茶の湯の未来を切り開くのであるし、茶の湯の未来に燦然と輝くべきなのである。


 どこかに黒い器はないものか。自分の納得できる漆黒の茶器はないものか。堺という日本有数の貿易都市で、しかし満足できるものを見つけることができなかった宗易は――出会ってしまった。


 白。


 問答無用の白。


 明の白磁器のような冷たさはなく、むしろ暖かみすら感じられる白。乳白色という言葉を宗易は知らなかったが、その美しさは理解することができた。


 もしも白さの極限があるとするならば、きっとこれがそうに違いない。


 …………。


 おそらく。この白き器は茶の湯に革命を起こすだろう。皆がこぞってこの白茶器を求めるだろう。


 悔しさはない。

 この器にはそれだけの“力”が込められている。


 宗易にあるのは、焦りだけ。


 早急に作らなければ。

 この白き器と対となる、極致を。


 至高の黒を。


 探すなど遅すぎる。

 もはや自分で作るしかあるまい。


 たとえ何年かかろうが。

 たとえいくらかかろうが。


 必ずや、この白さに対立しうる黒を作る。


 千宗易は、決意した。



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