第107話 孫一番の


『やはり主様は他人の人生を狂わせすぎですよね』


 いきなりの苦言であった。どうやら私の美しさがまた誰かを狂わせてしまったらしい。ゴメンね私には三ちゃんがいるの!


『主様の思考回路は素晴らしいですね』


 とても冷たい声で褒められてしまった。照れるぜ。


 まぁとにかく。船に乗って堺を離れた私たち(光秀さん、生駒家宗さん、小西隆佐君夫妻、そして河原でスカウトした人たちや三ちゃんが買い取った女性たち)は約束通り我が弟・市助君の村(郷)に寄っていくことにした。


『もう当然のように弟扱いしていますね……』


 弟なのだから当然なのでは?


 そんなやり取りをしている間にも私たちの船は見慣れた湊に近づいていき、初めて立ち寄ったときのように小舟が近づいてきた。


 通行料を徴収しようとしたのか、見慣れた海賊さんが船に乗り込んできて――私を見た瞬間に顔色が変わった。


「こ、これはこれは帰蝶様! お早いお戻りで!」


 甲板に頭を叩きつける勢いで土下座する海賊さんだった。初めて会ったときとは態度が違いすぎである。


『やらかしまくりましたからね。是非も無し』


 私、何も、やっていませんよ?


『……そういうところです』


 こういうところらしい。解せぬ。





 船の上から湊の様子を眺める。

 砂浜には若い男性が集まり、的を立てて火縄銃を撃っていた。戦国時代ともなると特別なイベント以外でも火縄銃の訓練をしているらしい。


 なるほど、こうして日常的に訓練しているならのり火縄大会での命中率の高さも納得できるというものだ。


「……ん?」


 そんな射撃訓練をしている男性たちの中。よくよく見ると周りより明らかに痩せ細った男性が火縄銃を構えていた。


 私の二人目の家臣、鳥居半四郎さんだ。


 俗説において武田信玄をバキューンしたという半四郎さんはしかし、今の時点では素人であるのか引き金を引いても的に当てることはできていなかった。


 でも、半四郎さんは少年のように目を輝かせていて。


 う~ん、これは就職祝いに火縄銃をプレゼントするべきかしらね? いや雇い主が就職祝いのプレゼントをするってどういうことやねんと思わなくもないけれど。


 そんなことを考えていると船は港に接岸した。





「帰蝶様。わざわざご足労いただき感謝の念に堪えません」


 湊に到着し、さっそく招かれた市助君の家で。市助君のお父さん、お母さん、そしてお爺さんが恭しく頭を下げてきた。あれ市助君は? 私の弟は?


 私の心の首かしげが通じたのかお爺さんが『市助、入ってこい』と隣室にいるらしい市助君を呼び出した。


 入ってきたのはもちろん市助君。

 なのだけど、なんというか、すっごい畏まった服を着ていた。時代劇の人が着ていそうな……。


『直垂、ですかね。いえ家紋が大きく入っているから大紋でしょうか?』


 家紋ねぇ。言われてみれば着物にあしらわれた三本足の鳥? の図案は家紋っぽい。

 ……うん? あの家紋、どこかで見たことがあるような……?


『八咫烏紋。『雑賀孫市』の家紋として有名ですね』


 …………。


 ……サイカーノ・マゴイッチ?


『いや誰ですか。何人なにじんですか』


 プリちゃんが突っ込んでいるとお爺さんが立ち上がり、市助君の横に膝を突き、孫を自慢するかのように市助君の両肩に手を置いた。


「帰蝶様は孫を『弟』として可愛がってくださっているとか。こちらとしても孫が薬師如来の化身帰蝶様のお力になれるならばこれ以上の喜びはございません」


 なんだか変な方向に話が転がっていきそうな気がする。だって今のお爺さん、隆佐君を人質に差し出した弥左衛門さんたちと同じ目をしているんだもの。


「自賛となりますが、市助は鉄砲の腕だけ見れば孫の中でも一番でして。きっと帰蝶様と夫殿が目指す『天下布武』の力となれるでしょう」


 はぁはぁ、孫一番。たしかにいい腕していましたよね。


「元服にはまだ少々早いですが、こういうのは急いだ方がよろしいでしょう。今日より市助は『孫一番の腕の者』という意味を込めて『鈴木孫一』と名乗らせますので、ぜひ帰蝶様の家臣――いえ、弟として側に置いていただければと」


 ……………。


 スズッキーノ・マゴイッチ?


『いやだから誰ですか。何人なにじんですか』


 え? いや鈴木孫一ってあれでしょ? 雑賀孫市でしょ? なんか鉄砲をバンバン撃つ人。


『認識が雑ぅ』


 雑らしい。当ってるじゃん。解せぬ。


『……味方にすれば必ず勝ち、敵にすれば必ず負けるとすら謳われた鉄砲傭兵集団『雑賀衆』の棟梁であり、下間頼廉と並んで『大坂の左右の大将』と称えられた戦上手ですね。ちなみに雑賀孫市と目される人物は複数いて以下略』


 とうとうプリちゃんが以下略してしまった。そんなに複雑なのか雑賀孫市よ。そして目の前にいる市助君が孫市だと? なんだそのトンデモ展開。


『……紀ノ川河口にある十ヶ郷。隣にあるのは中郷。どこからどう見てもここは『雑賀』なのですから、十ヶ郷の郷長の息子が雑賀孫市(鈴木孫一)を名乗ってもトンデモってほどじゃないでしょう』


 いや前提がおかしい。あの川って紀ノ川なの? 十ヶ郷とか中郷って聞いて『なるほど雑賀だね!』って気づけるのはよほどの雑賀マニアだけだからね?


『ちなみに川の向こうからやってきて宴に参加していたのは『雑賀荘』の皆さんですねきっと』


 そのまんまのネーミングだった。せめて『あ、どうも。うちらは雑賀荘の――』って感じに名乗ってくれればもっと早く気づけたのに。おのれ雑賀荘の住人め……。


『八つ当たりは止めてください』


 怒られてしまった。ゲッセーヌ。



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