第575話 第14章エピローグ 天下取り




 帰蝶と信長が『堺でぇと』に向かったあと。


 松永久秀は苦言を呈しないわけにはいかなかった。


「殿。あの申し出はあまりにも性急であるかと」


「はっはっはっ、許せ久秀。三郎と帰蝶殿が共にいる機会など、次はいつになるか分からぬのでな。――最初に三郎を『義弟』として認め、妹を嫁がせる。この最初に認めた・・・・・・というのが肝要なのよ」


「はぁ、それはそうで御座いますが……」


 信長がこれから勇名を馳せ、尾張を制し、それ以上の勢力となるならば。政略結婚を狙う輩も続出することだろう。


 そんな信長を、まだ雄飛する前の状態から認めていた。


 同じ『義兄』であろうとも、やはり最初・・というのは重要なのだ。


「さて。これで懸念事項は解決したな」


 帰蝶と誼を通じたことによって、堺から兵を上陸させることに問題はない。


 何かと厄介な一向一揆も、しばらくは動けぬだろう。


 敵対する可能性が高い根来衆も、帰蝶の淀城に多くの兵力を派遣したため、六角への協力を渋ることだろう。


 そして、主君である細川晴元も『失策』をした。


 順調すぎるくらい順調だ。


 なれば、あとは行動に移すのみ。


「――書状をばらまけ。政長の非道を、広く喧伝するのだ」


 数ヶ月前。

 摂津最大の国人・池田信正が細川晴元によって切腹させられた。かつての戦で、晴元の側近である三好宗三(政長)の娘婿でありながら敵対したことを問題視して。


 それだけなら、まだ良かった。


 しかし、池田家の家督を宗三の孫である池田長正が継いだことによって池田家臣団が反発。池田城から宗三派を追放した上で長慶に助けを求めてきたのだ。


 好機である。


 ・三好宗三は池田信正の財産を我が物にするため自害に追い込んだ。

 ・そして、宗三の息子である三好宗渭は勝手に陣払い(退却)をして友軍である長慶を危機に陥れた。


 ――三好宗三・宗渭親子誅すべき。


 彼ら親子こそが君側の奸。主君を食い物にする佞臣である。


 と、いうことにした。

 宗三親子の非道を説いた書状を有力者にだけではなく、広く民草の目に入るほどにばらまけと長慶は命じた。あくまで自分が戦うのは君側の奸である宗三親子であり、主君である細川晴元に謀反を起こすわけではないと。


 ……かつての長慶はこれで失敗した。

 亡き父の遺領を継承するためという大義名分を打ちだしたが、結局は主君・細川晴元に対する謀反という形にさせられてしまった。


 そんな長慶が生き長らえたのは――まだ子供だからという理由。


 なんたる侮辱であろうか。

 長慶とて戦国の世に生きる男。自らの失敗で命を落とすことをなぜ恐れようか。

 だというのに晴元たちは長慶を子供扱いし、情けをかけた。その後は都合のいい駒として扱い続けた。


 御恩には奉公を。


 侮辱には報復を。


 三好長慶は文武両道の男であるが、それでも荒くれ者揃いの三好家の血を引く男。父の死の原因となり、碌な恩賞もなくこき使い、侮辱し続ける細川晴元は――打ち倒すべき『敵』なのである。


 覚悟を決めた主君に対し、久秀がどこか嬉しそうに問いかける。


「宗三親子の誅罰。晴元めは動く――いえ、動かぬ・・・でしょうか?」


「動くものか。動けるものか。もはや晴元にとって頼りにできるのは宗三のみ。どうして自らの首に刃を突き刺すような真似ができようか」


 次の戦はあくまで宗三親子を誅する正義の戦い。


 だが、宗三らが排除されれば、もはや晴元は裸も同じ。ひと思いに首を落とすのもよし。じわじわとなぶり殺すもよし。名ばかりとなった管領を、もはや相手にする必要などなくなろう。


 叛意に燃える長慶を目の当たりにして、久秀は深々と頭を下げた。


「では、ご下命通り噂を広めましょう。宗三親子の非道を。長慶様の正道を。広く民草から国人に至るまで、近畿にいる人間ならば誰もが耳にしたことがあるほどに」


 天文17年。

 1548年。


 のちに江口の戦いと呼ばれる合戦はこうして静かに幕を上げ。


 三好長慶は、『天下人』への第一歩を踏み出した。





※本願寺相手も一区切りしましたし、最近資料の読み込みが足りませんし、花粉もまた酷くなりましたので10日くらいお休みします。よろしくお願いします

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