第570話 閑話 大坂退去


「――あーはっはっ! なんだか楽しくなってきたわね!」


 高笑いをしながらありとあらゆる攻撃魔法を放つ帰蝶――いや、リーリス。最近では師匠ストップが掛かることが多かったので、こうして思い切り攻撃魔法を放てる機会も少なかったのだ。少々ハイテンションになってしまっても是非もないだろう。


 まぁ、そんなリーリスのハイテンションの犠牲となる本願寺にとっては悪夢でしかないのだが。


 奇っ怪な笑い声を上げながらありとあらゆる建物を破壊していくリーリスは――もはや魔王にしか見えなかった。


「顕如様! ここはもう駄目です!」


「火の手があちこちに!」


「海の方から無数の『だいだらぼっち』が!」


「もはや逃げるしか!」


 坊官たちからの進言に、顕如は苦々しげに奥歯を噛みしめた。


「捨てろというのか! 弾圧をされ続け、流れに流れ、やっと得ることのできたこの大坂の地を! おぬしらは捨てろと申すのか!?」


「命あっての物種で御座います!」


「顕如様が生き長らえ、親鸞聖人の御影さえあれば! また何処か後で本願寺を再建することもできましょう!」


「まずは、淀城の下間頼言殿と合流を!」


「十万の信者であれば、あの魔王を退治することもできましょう!」


 無論、十万程度の信者でリーリスをどうにかできるはずがないし、頼りにするべき下間頼言もすでに首を取られているのだが……。彼らにそのようなことを知る由はない。


 本願寺とは、苦難の歴史を歩んできた。

 そもそも親鸞聖人からして苦難の人生を歩んできた。平家からの暗殺を危惧され幼少期に出家。のちに流罪となり師匠の死に目に会えないなど……。


 そんな彼の教えを受け継ぐ本願寺は吉崎、山科、そして大坂と本拠地を転々とし、特に山科などは法華一揆によって徹底的に焼き尽くされた。


 それを思えば、たとえ本拠地を失おうと、必ず再興するのが本願寺であった。かならずや蘇り、帰蝶に報復をしなければならなかった。


(……父上)


 父・証如が生きていればどうしただろうか。そんなことを考えてしまった顕如はかぶりを振った。証如はいない。蓮淳も死んだ。今、本願寺を引っ張るべきは顕如なのだ。


「――まずは淀城へ! 頼言と合流するぞ!」


 顕如の声に生き残った僧侶たちの多くが同調し、続々と本願寺の門を出た。


 逃亡者が少なかったのは顕如の指導者としての力カリスマが発揮された――わけではなく、淀城を攻囲する信者十万と合流すれば再び大坂に戻れる……甘い汁がすすれると考えたためだった。


 顕如を先頭に、多くの僧侶、関係者が列を成して淀へと向かう。


「――あらあら、お可哀想に」


 そんな顕如たちの動きを、リーリスは心底同情した目で見つめていた。





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