第22話 武器商人

 小西隆佐君との交渉(拝まれてばかりだった気がするけど)が一区切り付いた後。生駒家宗さんはもう一人の男性を紹介してくれた。


「帰蝶様。こちら堺で主に武具を取り扱っております今井宗久殿です」


 わぁお、今井宗久きた。私でも知っている有名人だ。

 宗久さんが畳に拳を突きゆっくりと頭を下げてきた。なんだかとっても武士っぽい。



『今井宗久は地侍の息子とも言われていますしね』



「お初にお目にかかります。それがし、今井宗久と申す者。本日はご注文いただいた火縄銃三挺をお届けにまいりました」


 あれ? 今井宗久が火縄銃を売っているのは分かるけど、家宗さんも武器商人だよね? なんでわざわざ今井宗久を連れてきたのだろう?



『今井宗久は1548年頃には火薬の原料である硝石を買い占め独占的に販売していたそうですからね。他の武具ならとにかく、火縄銃に関しては今井宗久を抜くのは難しいのでしょう』



 プリちゃんの説明に納得しながら私は宗久さんに微笑みかけた。


「あら、そうでしたか。美濃くんだりまですみません」


「いえ、かつては薬種商もやっておりまして。帰蝶様の薬にも興味があったものですから」


 宗久さんが携えていた細長い桐箱、そのうちの一つを差し出してきた。どうやら開けていいようなので開封する。


 中に入っていたのは火縄銃だった。作られたばかりなのか金属部分が光り輝いている。

 銃身には流麗な銀象嵌が施されていて、目釘穴も周りが花形に装飾されている。地板にも波を思わせる彫刻が彫られていた。あと銃床にも唐草模様風の彫刻がしてある。


 なんというか、高そうな火縄銃だった。実用品というよりは美術品のような。

 まぁでも念願だった戦国時代産の火縄銃には間違いないわけであり。


「触ってみてもいいですか?」


「どうぞご自由に」


 許可が出たので遠慮なく手に取った。まずは銃床の中に納められている槊杖カルカを取り出してみる。さすがにここまで装飾されてはいなかった。


 カルカを戻し、銃口から銃身内を覗き込む。もちろん安全のために銃身内が溶接されていることもない。わずかに光が差し込んでいるのはたぶん火道だろう。


 銃口から目を離し、からくり・・・・部へと意識を向ける。火ぶたを開いて火皿を確認。火挟ひばさみを持ち上げ、床尾を頬に当てる独特の構えを取る。

 引き金を引くと火挟が火皿を叩く甲高い音が鳴った。


『なぜそんな手際がいいのですか?』


(もちろん私が軍オタだからさ)


 さすがに実弾を発射したりはしないけど、動作は問題なさそうだ。


「いい火縄銃ですね。おいくらですか?」


 私が問いかけると宗久さんは首を横に振った。


「残念ですが、お売りすることはできません」


「…………」


 なんで!? 目の前に火縄銃があるのに買えないってどんな拷問!? あ! まさか発射手順に間違いがあった!? くっ、さすが日本初の武器商人とも呼ばれる今井宗久、手厳しいわね!


『少し落ち着いた方がよろしいかと』


 プリちゃんの助言に従い深呼吸していると宗久さんが理由を説明してくれた。


「帰蝶様は美濃国の姫君でありますれば、火縄銃も実用性より装飾性を重視して選ばせていただきました。けれど帰蝶様の手つきは熟練兵のそれ。斯様な腕前の帰蝶様に、そのような実戦不向きな火縄銃をお売りすることはできません」


 頑固というか、こだわりが強いというか……。


「いえ、これはこれで素晴らしいものですし、せっかく美濃まで運んできていただいたのですから買い取りますわ。三本とも」


「お心遣い感謝いたします。ですが帰蝶様を読み間違えたのはおのれが失態。この三本は差し上げます。ですのでどうか、どうか今後火縄銃をお買い求めになる際は手前をご利用いただきたく。いかなる数であろうとも揃えてご覧に入れましょう」


 そう言って残りの桐箱二つも差し出してくる宗久さん。あかん、断り切れる自信がない。こういう人は一度決めたことは中々曲げないと(無駄に経験豊富な人生で)学んだのだ。


 でも火縄銃を三つも貰っておいてはいサヨウナラというのも心苦しいし……。


「そうですね。では実戦向きの火縄銃をとりあえず十挺ほど購入したいのですが。訓練に使いたいので弾薬は多めにお願いします」


「十挺ですか。必ずや揃えてご覧に入れましょう」


 深々と頭を下げる宗久さんだった。


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