第643話 空気を読まない女である


『――御所巻き。室町幕府において、幕政に不満を持つ守護たちが自らの軍勢を率い、将軍の御所(屋敷)を包囲して要求を呑ませるということは何度か行われたようです』


 なんか急にプリちゃん解説が始まったでござるよ?


『何か受信しました』


 何か受信してしまったらしい。まぁプリちゃんは人工とはいえ妖精だからね。超自然的なパワーがあったとしても不思議ではない、かもしれない。


『御所巻きもあくまで交渉なので将軍に危害を加えることはありませんでしたが、三好三人衆らが足利義輝を包囲したときは永禄の変――つまり、足利義輝殺害に至ります』


 あーあの名刀の数々を畳に突き刺して剣☆豪☆将☆軍! するヤツね。


『俗説かと』


 夢も浪漫もありゃしない。


『永禄の変については御所巻きによる交渉が失敗した結果の不本意な将軍暗殺という説と、最初から足利義輝を殺すつもりだったという説がありますね』


 将軍暗殺まで曖昧なんかい。すごいな戦国時代、悪い意味で。


『まぁまず三好側の鉄砲隊が御所に乱入しているので、る気満々ですよね。義輝側も前々から危険を感じていたようですし』


 ほーん。

 まぁ義輝君は知らない仲じゃないから助けてあげてもいいけどね。鉄砲火薬の製法を各地の大名に広めないという約束を守ってくれれば『貸し一つ』だし。


『将軍相手に「助けてあげてもいい」って……』


 私の心優しさに咽び泣くプリちゃんであった。


『そういうところです』


「こういうところらしい」


「――ふむ」


 と、にわかに父様が立ち上がった。稲葉山城の天守というか尖塔の窓からどこか遠くを見つめている。


 あっちは……尾張かな?


「道利を呼べ」


 側近にそう命じる父様。

 道利と言えば、父様の(年の離れた)弟だけど、生まれてすぐに父が亡くなったため、家督を継いだ兄・道三を父として育てられた人だ。見た目で言えば髪の生えた斎藤道三。


 しかしまぁ、急に動き始めたわね父様? 受信した? プリちゃんみたいに受信しちゃった? なんだそれ親子かおのれら。


 ……待てよ? もしプリちゃんが父様の子供なら――私の妹になるのでは?


≪それは無理があるじゃろ≫


「妹というよりは姉だよね」


【駄目な妹の面倒を見るしっかり者の姉ですか】


 トリプル容赦ないツッコミであった。夢くらい見てもいいじゃない。私だって猫かわいがりできる妹が欲しいんじゃー。







 父様が呼び出すように命じた長井道利さんは、稲葉山城にやって来ていたお兄様の名代として、占領したばかりの美濃西部の統治を行っているらしい。


 つまり、道利さんが美濃西部からやってくるまでまだ時間が掛かると。

 転移魔法で迎えに行ってもいいけど、私はまだ美濃西部に行ったことがないからね。転移魔法は一度行ったことがある場所か、目視できる場所にしか行けないのだ。


 それに、転移魔法は慣れないと悪酔いしてしまうからね。まだ慣れていないどころか体験したこともない道利さんに使うのは止めてあげましょう。


『なぜその気遣いを光秀さんにはできないのか』


 私のお兄ちゃんだからね、仕方ないね。

 ちなみにちょっと前までは親戚のお兄ちゃんだったけど、もうすぐ義理の兄妹になるのだ。三ちゃんのお姉さん・早苗さんを側室に迎えるからね光秀さん。


 うんうん、あんないい人な煕子さんを嫁にしながら、さらに早苗さんまでも娶るとは。何というリア充。何という手の早さ。ここは転移魔法で悪酔いするくらいは許容するべきなのでは?


『そういうところです』


 こういうところらしい。



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