第642話 閑話 守護邸包囲
「おう、おう、元気なものよな」
清洲城内。
守護邸の縁側で、尾張守護斯波義統は嬉しそうに頬を緩めていた。
彼の視線の先にいるのは、愛する末息子。まだ幼いだけあって女中たちと楽しげに遊んでいる。
あれから信友に動きはない。おそらくは三郎が『うつけ』であると聞き安心したのだろう。
怪しまれぬよう三郎と直接のやり取りはしていないが、那古野城天守もあれだけ形になっていたのだから、内装が出来上がるのもそう遠い未来ではないだろう。
あとはどうやって清洲城から那古野へと移動するかだが。
さすがに何度も那古野城に向かうとなれば信友も首を縦には振らぬだろう。となると、那古野に向かうとは言わずに城を出なければならないが……。
鷹狩りか。あるいは亡き祖父の菩提を弔うか。
鷹狩りであれば信友も同行する可能性が高いし、祖父の命日はもう過ぎてしまった。これはまた別の理由を考えなければならないだろう。
義統が悩んでいると、馬に乗った息子・義銀が屋敷から出て行こうとする姿を捉えた。気分転換も兼ねているのだろう、義統の家臣のうち若い連中も供をするようだ。
また川狩りにでも向かうのだろう。武士の『狩り』といえば鷹狩りであるが、まだ身体の小さい義銀には鷹を使うことを許していないからこそ川で魚を捕らせているのだ。
義銀に付いていくのは義統家臣の中でも武勇に優れた者ばかりなので少し不安になってしまうが、次の尾張守護である斯波義銀の護衛こそ重視するべきだろう。
現守護である義統の守りが薄くなってしまうが……問題はない。ここは清洲城の中。織田弾正忠家と良好な関係を築けそうな今、他に清洲城に攻め込めるような勢力はいないだろう。
(いや、美濃のマムシであれば……。いやいや、奴らは美濃東部と西部に続けて出兵したばかり。しばらくは動けぬだろう)
義統がそんなことを考えていると、家臣の一人が慌てた様子で義統の元へとやって来た。
「御注進! 御注進! ――大和守(信友)、謀反で御座る!」
「なに!? どういうことだ!?」
「はっ! 大和守の兵が武具を身につけ、この屋敷を取り囲もうとしております!」
「なんと!? 狂うたか信友!」
義統が門から顔を出して状況を確認しようとするが、家臣らがそれを止める。
「殿! 危険で御座います!」
「奴らも本気ではないはず!」
「いくら信友とて、『
玉。尾張守護である斯波義統を手中に収めているからこそ織田信友は守護代として絶大な影響力を保持することができている。もしも信友が守護を殺すようなことがあれば、織田信秀らは大手を振って『逆賊』織田信友を滅ぼしに掛かるだろう。
斯波義統の命運は信友が握っているが、信友が滅ぼされずに生き残れているのも斯波義統のおかげなのだ。
どうせ今からでは逃げられぬ。
ここは信友と交渉し、あちらの要求を呑むことで生き長らえるのが賢い道だ。
斯波義統と家臣たちは常識的にそう判断した。
相手も常識的な対応をすると期待して。
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