第641話 閑話 暗躍


 屋敷に戻った守護代・織田大和守信友の元に、家老である河尻与一と織田三位がやってきた。


「殿、武衛様(斯波義統)のご様子は?」


「あのうつけは何か無礼を働いたでしょうか?」


 むしろそれを望んでいる口ぶりの二人に対し、信友は不機嫌そうな声で答えた。


「織田三郎信長。大層なうつけであるそうだ」


「おお!」


「それは安心ですな! 信秀の『次』が本物のうつけであれば、憎き弾正忠家を打ち倒すこともできましょう!」


 無邪気に喜ぶ二人に対し、信友は深く深くため息をついた。


暢気のんきなものよな」


「は、はぁ?」


「と、申されますと?」


「武衛め。口ではうつけだ何だとほざいていたが、ずいぶんと上機嫌であった。――おそらく、三郎の『器』を気に入ったのだろう」


「う、器ですか……?」


「しかし、三郎のうつけぶりは清洲にまで届くほどの評判で……」


「愚かよのぉ。あの美濃のマムシが、ただのうつけに実の娘を嫁がせるものか。もっと良い使い道は山ほどある。今の道三の力なら美濃守護(土岐頼芸)に嫁がせることもできよう。それを捨ててまで選んだのが三郎を義息にするという道よ。それだけで、三郎がどれほどの人物か分かりそうなものだが……」


 分からぬからおぬしらは駄目なのだ。と、言外に呆れ果てる信友。


「…………」


「…………」


 主君からの低い評価を察した河尻与一と織田三位は押し黙るしかなかった。







 河尻与一と織田三位は膝をつき合わせるほどの距離で密談をしていた。


「いかにいたす?」


「殿はずいぶんと機嫌が悪い。このまま放置していては、我らではなく他の者を筆頭家老に任ずるかもしれぬ」


 家老であるこの二人は本来であれば筆頭家老の地位を争う立場であるはず。だが、新参者にその地位を奪われるくらいならば、今まで共に仕事をしてきて気心のしれている相手と協力した方が『利』となると踏んだのだ。


「ここは我らの力を見せつけなければならぬな」


「というと?」


「――武衛様にはご隠居いただき、岩龍丸様(斯波義銀)に新たな守護となっていただこう」


「なんと、守護に弓を引くと!?」


「だが、このまま放っておけば武衛様は三郎……弾正忠家に走るだろう。そうなれば我らは尾張を治める大義名分を失ってしまう。――そうなる前に、いっそのこと」


「……ここで情勢を動かせば、殿も我らの力を認めるしかなくなるか」


「おう。どちらが筆頭家老になろうとも恨むのは無しよ」


「では、いつやる?」


「殿が城を離れる日がいいな」


「……たしか近いうちに商人の元を訪れ、銭の無心をするはずだ」


「なんと、大和守家の当主ともあろう御方が銭の無心、しかも呼びつけるでもなくこちらから向かうとは……」


「情けないことよ。だが、情けない男だからこそこちらも好きに動けるというもの」


「では、密かに兵の準備を」


「あぁ、念入りに準備しよう」


 何ともずさんな計画を立てながら、河尻与一と織田三位はそれぞれに動き始めた。





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