第640話 閑話 尾張の未来。斯波氏の未来


 ――尾張・清洲城。


 那古野城から戻ってきた尾張守護・斯波義統は早速守護代・織田信友の訪問を受けていた。


「武衛様。あのうつけ……いえ、三郎はいかなる人物で御座いましたか?」


「うむ、噂通り・・・、なんともうつけた・・・・男であったわ」


「と、申されますと?」


「余を歓待するかと思えば式三献すら守れず、しかも死日(マグロ)まで出す始末よ」


「なんと、死日とは縁起の悪い……。しかし、斎藤道三の娘との婚約が進んでいるからには『うつけ』も演技であろうと踏んでおりましたが……」


「アレは本物のうつけよ。道三も与しやすしと踏んで娘を寄越したのであろうな。あのまま放置しては織田弾正忠家は立ち行かなくなるだろうよ。いや、おぬしにしてみればその方が都合がいいのかのぉ?」


「い、いえ、そのようなことは……」


 困ったように頭を下げた信友は、辞去の挨拶をしてから部屋を出たのだった。







 残された斯波義統。

 そんな彼に、嫡男である斯波義銀が小声で問いかけた。


「父上。三郎とはそこまで愚かな男なのですか?」


 斯波義銀はまだ10にもならぬ歳。御家の未来のためというより『うつけ』に対する純粋な興味から来た質問であろう。


「まさか。彼奴こそ麒麟児よ。いずれ我らも三郎の門前に馬をつなぐことになろう」


 門前に馬をつなぐ。つまりは、家臣として仕えるハメになる。義統はそう予言したのだ。


 そして、事実。史実においてこの斯波義銀は信長に従属することになる。


 歴とした守護である斯波家の嫡流が、守護代の家老でしかない家の家臣になるなどと。俄には信じられぬ発言である。


「そ、そこまでの人物なのですか?」


「そこまでの人物よ。……よいか義銀。人には生まれ持っての『ぶん』というものがある。我が父はそれなりの器を持っていたが、武田や今川のように守護独自の力で国を治められるほどではなかった」


「…………」


「そして儂も、おぬしも、我が父ほどの器ではない。才なき者が生き延びるためには、大いなる力を持つ者の元に行かねばならぬ。今は大和守家。そして近いうちには弾正忠家へと」


「……父上。我らは誇り高き足利の一門。なぜ守護代やそれ以下の家の者に頭を垂れなければならないのですか?」


「若い。若いのぉ義銀。誇りなど捨ててしまえ。その身に余る欲など持ってはならぬ。余計なことをしなければ、我らは神輿として担ぎ上げてもらえる家に生まれたのだぞ?」


「――情けのぅ御座いまするぞ、父上!」


 憤懣やるかたなしといった様子で立ち上がり、部屋を出ていこうとする義銀。


 そんな息子に対して、義統はひどく冷静な声を掛けた。


「義銀。――儂に何かあったときは、三郎を頼れ。そして余計な欲を抱くな。斯波の家名を残し、血を残すことこそを第一とせよ」


「…………」


 義統の言葉に応えることなく、義銀は勢いよく襖を閉めた。




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