第639話 神算鬼謀


 なんだか妙に神格化されたり怖がられたりしている気がする。私の知らないところで過大評価が天元突破しているような気がする。


『いつものことですね』


 解せぬ。


 それはともかく、稲葉一鉄さんに西洋医学を教えたり、逆に私の母親の話などを聞くなどして数日過ごしていると。近衛師団が稲葉山城へとやって来た。


 私としてはそのまま苗木城から清洲城まで向かってもらっても良かったのだけど……そういえばまだ父様から『タイミング』についての詳しい話は聞いていないからね。光秀さんとしても直接向かうわけには行かなかったのか。


「で? 父様。近衛師団はいつ頃出発させるので?」


「うむ。そろそろだと思うのだがな……」


 顎髭を撫でながら、慌てた様子を見せない父様。時機を見計らっているか、あるいは何らかの情報を待っているのか。


 こういうとき、自分の頭の中にある謀略を人に話さないのが父様の悪い癖である。

 というわけで、


「鼻ぁ削がれたくなかったらさっさと説明しなさい」


「は、鼻って……」


 私が父様の鼻をつまみながらおねがい・・・・すると、可愛い娘からの願いは断れなかったのか父様が床に腰を下ろした。


『いやどこから突っ込めばいいんですか?』


 このような微笑ましい親子のやり取りのどこにツッコミどころがあるというのだろうか? おかしなプリちゃんである。


『おかしいのはあなたの頭と性格と言動です』


 もはやまともな部分が外見しか無いでござる……。


『実際の年齢との乖離を考えると、外見もおかしいですね』


 もはやまともなところがナッシングでござる。


「――そろそろ、清洲城で動きがあるはずなのだがな」


 渋々といった様子で語り始める父様。


「ほほーぅ?」


 父様にならって私も床に腰を下ろす。


「それは下準備が終わっているのですか?」


「いや、特にはしておらぬ。だが、信友かその家臣のどちらかが動くはずだ」


「信友さんは傀儡である尾張守護・斯波義統さんが勝手な動きをし始めたから排除に動くというのは理解できますが……家臣というのは?」


「現在の織田大和守家は人が足りぬ。四人いた家老のうち、筆頭であった坂井大膳は追放され、次席の坂井甚介は討ち死にした。残る河尻与一と織田三位は、自分たちが『次』になろうと動きを見せるはずだ」


「うちに逃げてきた坂井大膳さんに代わって大和守家の筆頭家老になろうとすると? でも、慌てなくても順番的にどちらかがなれるのでは?」


「そんな暢気のんきな考えをする人間は、あとから来る人間に追い抜かれるだけよ。……手っ取り早いのが戦で功を上げることだが、しばらく戦はない。となれば、何か別のことで功績を立てようとするはずだ」


「……織田弾正忠家に鞍替えしようとしている斯波義統を隠居させ、息子に代替わりさせると?」


「そうなるだろうな」


「勝手な動きをする家臣を、信友さんが重用するとでも?」


「世の中、合理的な思考ができる人間ばかりではない。自身の出世が目の前にぶら下がっておれば尚更よ」


「ふーん」


 私だったらもうちょっと下準備をやりたいところだけど、それをすると時間が掛かりすぎるってことかな? あるいは坂井大膳さんの一件で織田信友さんもこちらを警戒していて、謀略の手を伸ばせないとか?


 自身が動くことなく、遠く離れた清洲城の面々を謀略に落とそうとする。


 もしもそれが成功したら――やはり、私は腹黒さで父様には敵わないという証左になるのだと思う。


『大丈夫。謙遜しなくても、同類です』


 解せぬ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る