第683話 閑話 暗躍
「待て三郎! 本当にいいのか!?」
城門から出た信長を追いかけてきたのは明智光秀。せっかく信長が納得したというのに再度確認してしまうあたり、人がいいというか空気が読めないというか。
少し背中を曲げながら、小声で光秀が問いかける。
「先ほどは周りに美濃の兵がいたからあまり喋れなかったが……。軍を動かしたのに手ぶらで帰るわけにもいくまい?」
「そのための信友の首であります。尾張守護の仇を我らが討った。もはや誰にも文句は言わせぬ『戦果』であります。あとは嫡男と坂井大膳の首を得られれば完璧ですな」
「しかし……」
「……元々清洲城は敵方の城。所有者が織田大和守家から美濃斎藤家になったところでさほど変化はありません。むしろ、
「おぉ……」
その剛胆な考えと、冷静な判断、なにより自分たちを『味方』と評してくれた信長に感心することしきりな光秀だった。すでにもう
「それより、気をつけなされよ義兄上。あの道三そっくりな男、なかなかに厄介そうで」
「……稲葉一鉄殿からも同じようなことを言われたな」
「その『いってつ』という男は知りませぬが、中々の慧眼であるようですな。……それと」
「ま、まだ何かあるのか?」
「いえ、気をつける類いのものではないでしょうが……義父殿(斎藤道三)、きっと面白いことをするでしょう」
「面白いこと、とは?」
「確信はありませぬ。ですが、わしならばきっとそうするだろうということで」
「……おぬしには腹黒になって欲しくはないのだがな」
「はっはっはっ、わしが腹黒になることはないでしょう。妻がいれば十分ですからな」
「…………うむ」
視線を横に逸らす光秀であった。嘘のつけない男である。
◇
醜態を演じた長井道利は不機嫌そうに清洲城内を歩いていた。
制圧したばかりの城というのは危険が多い。井戸には毒が投げ込まれているかもしれないし、隠し部屋にはまだ敵兵が潜んでいるかもしれない。あるいは保護した女がいきなり短刀で襲いかかってくる可能性も……。それらの危険を少しでも排除するため、今は美濃の兵たちがしらみつぶしに城内を調査していた。
「殿」
と、声を掛けてきたのは道利子飼いの兵。その脇には身なりのいい少年を連れている。
「どうした?」
「保護した女らに確認したところ、この少年は斯波義統(尾張守護)の末子であるとのこと」
「ほぅ、幼君か。あの火事からよくぞ生き延びたものよ」
「守護邸の庭石の影に隠れていたところを保護いたしました」
「ふむ……」
道利がじろじろと幼君を観察するが、幼君は感情のない瞳でじっと道利を見つめ返してくるだけ。
何と奇妙な子供だ、と道利は嫌悪感すら抱いてしまうが、それも致し方無しか。親を含めた一族郎党が腹を切ったばかりなのだから、感情が死んでしまっていても当然と言える。
…………。
一つ。
思いついた道利は幼君を連れてきた兵に確認する。
「おぬしは確か毛利のところの子供だったか」
「はっ、覚えていてくださり光栄の極み」
「うむ。中々に精悍な若者。そんなおぬしに重要な仕事を任せよう」
「重要な仕事、で御座いますか?」
「うむ。――安祥城の織田信広(信長庶兄)の元へ、この幼君を送り届けてくれ」
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