第682話 閑話 奇人ホイホイ・2


「落ち着け! 敵ではない! 援軍だ!」


 駆けつけた明智光秀が周囲の兵たちを押さえつけている間に、景虎は馬から下りて信長の前に立った。


「あなたが城内にいるってことは、もう戦は終わっちゃったの?」


「で、あるな」


 信長が城門の外を指し示す。そこにいたのは様子をうかがう森可成と平手長秀。あとは槍の先に括り付けられた大逆人・織田信友の首。


 景虎は信友の顔を知らないが、流れからして大将首なのだろうと察する。


「あら仕事が早い。さすがは三郎ね。いい子いい子」


 なぜか三郎の頭を撫でてくる景虎。子供扱いされるのは帰蝶相手に慣れている信長は無表情でそれを受け入れる。


 ……いや、受け入れると言うか、「仕事が早いのではなく、おぬしが寝過ごしただけだ」と突っ込みたい気持ちを必死に抑えつけていただけなのだが。


「さ、三郎。見事な戦であったぞ!」


 なぜか冷や汗を流しながら近づいてくるのは、やっと兵の動揺を抑え込んだ明智光秀。


「いや違うのだ。おぬしを戦わせている間に火事場泥棒をしたのではなくてな……こう、儂は指示に従っただけで……いやさすがは山城守様(斎藤道三)のご慧眼というかだな……」


「……義兄あに上。また帰蝶が何か暗躍をしておるのですか?」


「い、いや! 今回は帰蝶は何もしていない……、……はずだ」


 言い切れないところが「そういうところだぞ」案件であるが、光秀も断言できないのだから少なくとも主犯ではないだろうと判断する信長である。


 帰蝶が企みをしていないなら、相手は美濃のマムシ・斎藤道三ということになるが……。


 ふむ。

 と、信長は腹を決めた。


「義兄上。すでに清洲城は美濃方が制圧したと?」


「あ、あぁ、そうなるな」


「で、あるならば。我らはこれで兵を引きましょう」


「よ、よいのか?」


「えぇ。今から近衛師団と戦うのは厳しいものがありますからな。……ただし、信友の首はこちらがもらい受けます」


「う、うむ。それはもちろんだ。あとは信友の嫡男の首と、坂井大膳とやらの首もあるぞ?」


「それは僥倖。すべてこちらが引き受けましょう。では我らはこれにて」


 一礼をした信長は振り返ることなく城を出て行った。


 那古野城城主信長と、近衛師団師団長・明智光秀。


 二人の会談によって清洲城は美濃の勢力下となった。




「……くそっ」


 堂々とした信長の背中を見せつけられ。砂まみれになりながら放置され、蚊帳の外に置かれた長井道利は小さく吐き捨てたのだった。



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