第681話 閑話 奇人ホイホイ


「ほぉ。城に一人で入ってくるとは……。度胸があるのか、ただの『うつけ』であるか……」


 入城した信長を出迎えたのは――髪の生えた斎藤道三であった。つまりは道三の弟、長井道利。


 信長にとっては将来の親戚となるが、この時点では長井道利のことを知らない信長である。


「其方は?」


「斎藤道三が弟、長井道利。いや、帰蝶の兄と言った方がいいですかな?」


「…………」


 なぜ道三の弟が、帰蝶の兄になるのだ? と、真っ当な疑問を抱く信長。いやしかし帰蝶であればあり得るか……?


 ここで元・美濃の武士である森可成がいれば「道利殿は幼い頃に父が亡くなられたので、兄である道三殿を父として育てられたのです」と解説してくれただろうが、残念ながらここに可成はいない。


 帰蝶だからなーっと納得する信長に対して、道利は嘲るように扇子を開き、自らの顔下半分を隠した


「帰蝶が評価しておるからどのような人物かと思えば……ずいぶんと遅い到着ですなぁ。我らはすでに城を落としたといいますのに」


「…………」


 なるほど。なにやら知らぬが敵愾心を抱かれているらしいと理解する信長。他人の心については驚くほどに鈍い彼なのであるが、そんな信長ですら気づけるほどにあからさまな態度だったのだ道利は。


 相手が敵愾心を持っているのなら、こちらも遠慮する必要はあるまい。


「いや、遅いとは。これは手厳しいご意見。さすがは美濃のマムシの弟君。火事場泥棒の早さではとても敵いませぬなぁ」


「…………」


「わしらが命を賭けて大逆人・織田信友を討伐している間、無人の城を制圧しただけでそこまで大きな顔をできるとは……これが年の功というものですか。ぜひ見習わなければいけませぬな」


「……………………」


 普段の口数は少ないくせに、こういうときは口が回る信長であった。きっと帰蝶の悪影響であろう。とにかくすべて帰蝶が悪い。


「――三郎!」


 ようやっと櫓から降りてきた光秀が信長に声を掛けたところで――信長の背後が、にわかに騒がしくなった。







 景虎たちはさほど時間を掛けずに清洲城へと到着した。


「景虎殿! いかがなさるのです!?」


 城には旗がたなびき、その城のすぐ近くにまで軍勢が迫っている。


 あの軍勢は織田信長勢か。あるいは信友勢か。戦はもう始まったのか。あるいはもう終わったのか。確かめようにも、すでに暗くなってしまったので旗印を確認することもできない。


 加勢をするにしてもどこにどの軍勢がいるか確認しなければ。


 しかし、景虎は迷わない。

 まるですべて視えて・・・いるかのように。


「――突撃!」


 景虎が刀を指し示したのは、清洲城の大手門。門扉はなぜか開け放たれている。


 敵の軍勢を前に門の扉を開け放つわけがないし、城の外にいるあの軍勢は信友らではないのか?

 前田慶次郎は冷や汗を流してしまうが、景虎は迷わない。今まで自分を生かして・・・・きた直感を頼りに馬を駆けさせ、門を目指す。


 さすがに城門には警備の兵が立っていたのだが――


「――伝令! 伝令! 火急の事態ゆえ、道を空けられよ!」


 今まで目立たなかった直江ふえが突然大声を出した。


 伝令。

 その言葉と母衣を背中に付けた――伝令兵の格好をした慶次郎の姿が説得力を増したのか、特に止められることなく景虎たちは門をくぐり抜けた。


(ははーん! 慣れておられるな直江ふえ殿!)


 感心する慶次郎が城内で見つけたのは、いかにも悪人面をした男。

 その男に対して、景虎は迷うことなく馬を走らせた。


「大将首とお見受けする! ――その首おいてけ!」


 景虎の馬が嘶き、悪人面の男を踏みつぶそうとする。


「ぬぁあ!?」


 悪人面男はなんとか地面を転がって馬の蹄を回避するが、そんな男に対して景虎の太刀が迫る。


「ひ、ひぃいいぃいいっ!?」


 悪人面男・長井道利が情けない悲鳴を上げたところで。


「――やめい! 景虎!」


 信長の一喝が、景虎の太刀を止めた。


「……あら? 三郎? 何でこんなところにいるの?」


「……それは、こちらの、科白セリフである……」


 頭が痛いのか額を押さえつける信長。まことに変な女ばかり引き寄せる男である。


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