第680話 閑話 こじらせた男
清洲城に翻る斎藤道三の旗。
さすがに斎藤道三本人はいないだろうが、そうなると誰が『頭』であるのか……。
「帰蝶様でしょうか?」
森可成がそう推察するが、信長は小さく否定した。
「あの女であれば今頃
「……あぁ」
信長を見つけた途端に「きゃあ格好良かったわよ三ちゃん! 結婚して! いやもうしてるか実質的に!」と飛んできそうだ。物理的に。
「ここは城へ使者を送るべきでは?」
平手長秀が真っ当な意見を述べるが、それも信長が否定する。
「面倒だ。直接
信長が一人馬を駆けさせ、清洲城に近づいていく。あまりに不用心な行動に平手が悲鳴を上げそうになるが、森可成は呆れ顔だ。
城からは弓も鉄砲玉も飛んでは来ない。
ただ、異様なまでに静かなまま信長の次の行動を見極めようとしている……気がする。
「――我が名は織田弾正忠が嫡男! 織田三郎信長! 謀反人織田信友を討ち果たしたる忠義の士なり! 御身らは何者の手勢であるか!?」
信長の口上を受け、閉ざされていた城門がゆっくりと開かれたのだった。
◇
時は少し遡り。
清洲城の制圧を部下に任せた明智光秀と稲葉一鉄は、焼け残った櫓に上り、織田信長と織田信友の決戦を見物していた。
信友勢が最初の陣形のままほとんど動かないのに対し、信長は鶴翼の背後から騎馬を機動させ信友勢を包囲しようとしている。
「ほぉ、なんとも見事な動き。14、5の少年とは思えぬな」
義弟信長のことであるせいかどこか自慢げな明智光秀であった。
「……なんという長槍……。あれほどの長さの槍を自在に操るとは、一体どれだけの訓練をしているのか……。それにあの騎馬。まさか家督も継いでいない子供があれだけの数の馬を揃えるとは……」
対して稲葉一鉄は真剣な顔つきで決戦を――否、信長の部隊を観察していた。その目からは有利な戦況に対する喜びや謀反人が討伐できそうだという安堵もない。
「――見事。なるほど、あれほどの男であれば帰蝶様も大人しくなりますか」
「で、ありましょう?」
「……
光秀には聞こえないようそっと呟く一鉄であった。
そんなやり取りをしているうちに信長の軍勢は清洲城に近づいてきた。
ふと、光秀は気づく。
「……そういえば、我らが城を占拠したことを三郎は知っているのでしょうか?」
「山城守様(道三)では、まず教えていないでしょうな。あの御方は「他人に伝える」ということをしませんから」
「では、三郎がこの城を攻めてくる可能性もあると?」
「それは平気でしょう。すでに美濃の旗が翻っておりますからな」
「……三郎からすれば、自分らが必死に戦っているうちに美濃の連中が城を掠め取ったように見えるのでは?」
「見える、のではなく、事実そうですからな」
「…………」
これはマズい。
ここから三郎に声を掛けるべき。そう決めた光秀が下を向くと、
「――我が名は織田弾正忠が嫡男! 織田三郎信長! 謀反人織田信友を討ち果たしたる忠義の士なり! 御身らは何者の手勢であるか!?」
おぉ、何と見事な武者振り!
と、義兄馬鹿を発揮したところで。これはすぐに返答しなければと気づいた光秀である。
「三郎!」
光秀が声を張り上げるが、すでに信長と馬は門から城内に入るところであった。
どうやら、長井道利が門を開けたらしい。
「一応我らも下に降りましょう。三郎と長井殿は面識があるかどうか怪しいですからな」
光秀が慌てて梯子を下りようとすると、
「――あの男には、気をつけなされ」
小さく。
しかし、よく響く声で稲葉一鉄が助言してきた。
「あの男とは……長井道利殿ですか?」
「分かっているなら話は早い。……あの男は色々と
「…………。……ご助言、感謝いたします」
無礼かとは思いながらも梯子の上で一礼してから、光秀は櫓から降りた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます