【受賞&書籍化】信長の嫁、はじめました ~ポンコツ魔女の戦国内政日記~

九條葉月

運命の出会い

第1話 失敗しちゃいました


「――ふっ、完璧。完璧な術式だと思わないかなプリちゃん!」



 術式を書き記した紙を高々と掲げながら私はプリちゃん――人工妖精のプリニウスに向き直った。名前は男っぽいけど設定性別は女性。前世からの付き合いであり、ナノマシン・・・・・の制御をはじめ、諸々のサポートをしてくれる人工妖精だ。


 プリちゃんはピンポン玉くらいの大きさの光球なので表情は読み取れない。はずなのに、どことなく呆れの視線を向けられているのは気のせいかな?


『……まさか不可能とされていた異世界転移の術式を本気で作り上げるとは思いませんでした。さすが主様は天才アホですね』


「おや? 褒められているはずなのに貶されている気がするぞぅ?」


『この術式であれば、理論的には日本への転移も可能でしょう。そもそも日本へ転移する意味が分かりませんけれど』


「え~? だって国王陛下あのおっさんが勝手に決めた婚約も相手から破棄してくれたし? 『追放だ!』って宣言されちゃったんだからもうこの国にこだわる必要もないじゃん?」


『この国を出るのは理解できますが、わざわざ失敗するリスクを冒してまで異世界転移をする意味は分かりませんね』


「ふふふ、分からないかなぁ私の情熱が」


『理解不能ですね。魔法の才能があって魔術師や錬金術師として成功し、お金もあるというのになぜわざわざ前世の世界 (日本)へ戻ろうとするのですか? 日本では魔法すら満足に使えないのかもしれないのですよ?』


 この世界には“魔素”という謎物質が空気中に含まれていて、それを魔力に変換して魔法を使うのだ。それがないと体内で生成される限られた魔力を用いるしかなく、必然的に小規模の魔法しか使えなくなってしまうと。


 魔法が実在しなかった日本――地球では魔素が存在しない可能性が高い。

 でも、それでも私は日本に戻らなければならないのだ。


『……強い意志を感じますね。そうまでして戻りたいのは残してきた家族のためですか? あるいは何かやり残したことがあるのですか?』


「ふふ、プリちゃんにだけは教えてあげよう。キミは私の大切な友達だからね」


『…………』


 プリちゃんがゴクリと唾を飲み込んだ。気がした。見た目は光球なので断言はできないけど。


「私が日本に帰りたい理由。それは……」


『それは?』



「――味噌と醤油、あと白米が恋しいからさ!」



『…………、…………………はい?』


「そもそもこの世界には大豆がないし。大豆っぽい植物を育てて加工してもうまくできないし。他の転生者が再現したであろう味噌と醤油もちょっと違うのよ! あと毎日パンは飽きた! 私は白いお米が食べたいんじゃーっ!」


『………………………………………………あ、そうですか』


 なにやら多分に呆れの感情が込められている気がするけれど、きっと気のせいだ。なぜならば味噌と醤油と白米に対するこの熱き想いが理解されぬはずがないのだから。


「よし、プリちゃんからのお墨付きをもらったから術式は大丈夫だね。さっそく異世界転移してみようか!」


 床に魔法陣をささっと描いた私は、魔法陣に魔力を込める――直前に動きを止め、プリちゃんに首を向けた。


「プリちゃんはどうする? 日本に戻るのは私のワガママだし、何だったら残ってくれても――」


『何を言っているのですか? “友達”でしょう? ちゃんとお供しますよ』


「おぉ、プリちゃんがデレた」


『殴りますよ?』


「光の球なのにどうやるかちょっと気になる――いや止めておこう。頭カチ割られそうだし」


『あなたは私を何だと思っているのですか……』


 プリちゃんの非難の視線から目を逸らしつつ魔法陣を起動。魔法陣の中に入ると全身が淡い光に包まれた。


(……この世界ともお別れかぁ)


 感慨深くなった私は何気なく周囲を見渡した。使い古されたベッド、乱雑に本を突っ込んだ本棚、古くなって使わなくなった実験器具に、所々焦げたテーブル……。


 言いようのない寂寥感を覚えていた私の視界の端に、ふと、舞い踊る蝶々の姿が飛び込んできた。

 羽根は紫と黒を基調として、所々に白と黄色の模様が入っている美しき蝶。名前は分からないけれどなぜだか懐かしく感じられた。


(……綺麗)


 意識が蝶々に囚われた瞬間に魔法陣は所定の性能を発揮して。私は、異世界ここから異世界日本へと転移することが――




「……あ、やべ、失敗した」










※第5回アース・スターノベル大賞にて『入選』受賞・書籍化が決定しました。皆様の応援のおかげです。ありがとうございました。

 詳細は近況ノートで


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