第2話 戦国時代へ
気がつくと森の中だった。
転移の際に着地失敗したのか私は地面に寝転がっていた。ケガがないか確認するために起き上がり、自分の身体を確認する。
どうやらケガはないようだけど、服が草だらけだったので払いつつ辺りを観察。……木。木。木。少し離れたところに舗装もされていない山道。
どことなく見慣れた風景。見慣れた植生。
日本だろうなぁと私の直感が告げてきたけれど、同時に、何とも言えない違和感が心の片隅で頭を持ち上げた。日本なのに、日本じゃないような……?
『――相変わらず観察力だけは確かですね』
プリちゃんの呆れ声が響いてくる。
「まぁ、これでも本職は研究者だし、貴重な鑑定スキル:鑑定眼(アプレイゼル)持ちだからね」
『主様の無駄なハイスペックさには頭が下がる思いですよ』
いつも通りの毒舌だけど、いつもより口調が辛辣な気がする。やっぱり『失敗』しちゃったせいだろうか?
『自覚があるようで何よりです。それで? 最後の最後で魔力が大きく乱れたようですが、何かあったのですか?』
「あ~……えっとねぇ……蝶々に気を取られて力加減間違えちゃった♪」
『………………………』
プリちゃんの冷たい視線(彼女に瞳はないけど)に射貫かれそうな私である。これは話題を転換しないと私の心が死にそうだ。
「と、ところでプリちゃん、ここはどこかな?」
私の問いかけにプリちゃんは黙り込み、ホタルのように点滅しはじめた。たぶん検索とか探知とかしてくれているのだと思う。
『――ここは日本の美濃。西暦で言えば1548年です。異世界(日本)への渡航は成功しましたが時代がズレているので儀式は失敗ですね』
「……はい? もう一度お願いできるかな?」
『儀式は失敗ですね』
「いや聞き直したのはそこじゃなくてね……わざわざ失敗を強調しなくても……え? 1548年? それって何時代?」
『室町時代――いえ、戦国時代と言った方が適切でしょうか?』
「……せんごく? え? どういうこと?」
『理解力のない主ですね』
「親友の口が悪すぎる……。仮に戦国時代だとして、何で西暦まで分かるの?」
『妖精に不可能はありません』
ないらしい。凄いな
プリちゃんはこんな時に冗談を言うような子じゃないし、たぶん本当に戦国時代へとやって来ちゃったのだろう。
非常識すぎるとは自分でも思うものの、そもそも異世界への移動自体が非常識の塊だし、魔方陣に流す魔力が乱れちゃったからなぁ。目的とする時間軸からずれてしまっても不思議ではないかもしれない。
う~む、どうしたものか。とりあえずプリちゃんがいるからナノマシンの方は問題なく使えるとして、あとは魔法が使えるかどうか……。
「……ん?」
なにやら誰かに呼ばれた気がする。
山道の奥へと視線を移すけれど誰もいない。空耳かなとは思うものの少し気になったから鑑定スキルの一種である
「…………」
何度か瞬きした私はそのまま山奥へと足を進めた。
『何かありましたか?』
「……うん、魔力スポットがありそうな感じ」
日本的に言えば龍穴かな? 大地の気――魔術師的には魔力が吹き出している場所のこと。
大気中の魔力が多いと魔法が使いやすいし、魔力を用いた実験もやりやすく、(魔術師的には)体調も良くなるので大抵の魔力スポットは有力な魔術師や魔術団体などが確保してしまっている。
けれど、魔術師がいないであろう戦国日本なら魔力スポットが
山道を歩くこと数分。木々の開けた場所に到着した。
まず目に飛び込んできたのは視認できるほどの濃厚な魔力。人の住んでいる気配がない小屋。そして、雑草で覆われている二つのお墓だった。一つは大きめで一つは小さい。小さい方は子供のお墓だろうか?
「…………」
ここで会ったも何かの縁。私は魔術でお墓周辺の雑草を刈り、水を生成して墓石にかけてあげた。
墓前には陶器のコップみたいなものがあったので水を満たし、近くに咲いていたお花を挿しておく。
小綺麗になった二つのお墓に手を合わせてしばらく黙祷した後、近くの小屋に足を向けた。
「さて、誰かいますかー?」
立て付けの悪い扉を何とか開けて中の様子を確認。屋根に穴が空いているせいか草や木の枝が散乱していた。
一見するとあばら家。
でも、掛け布団代わりであろう着物は(古びているけど)上質なものが置いてあったし、神棚らしきところには細やかな装飾が施された短刀が安置してある。
「人が住まなくなって何年か経った感じかな?」
靴を脱ぎ、土間から板の間へと上がる。
壁に掛けられているのは丁寧に乾燥された各種薬草であり、『戦国時代の日本に存在したのかな?』と疑問に思うような、この時代では効能も用法も解明されていないはずのものもいくつかあった。
木で作られた棚には無色透明のガラスビンが並べられていて、植物の種子が保管されている。
「プリちゃん、戦国時代にガラスってあったの?」
『外国からの輸入品であればギヤマンという名前で存在していました。ただ、これほどの透明度があったとは思えませんし、このような山奥に住んでいる人間が入手できるとはとても考えられませんが』
「ふ~ん」
何気なくビンの一つを手に取った私は、気がついた。状態保存の
もちろん魔法を掛けるには魔法使いがいなければならないわけであり。私のように異世界転移してきたのか、あるいは
もうちょっと調べてみるかなと私がちょっとした探偵気分に胸を躍らせていると、プリちゃんがホタルのように点滅しはじめた。
『――主様。こちらに向かってくる人間が10人います』
「10人? 結構な大所帯だね」
『1名だけ騎乗していますので、どこぞの有力者とその護衛でしょう』
プリちゃんの解説に『きゅぴーん』と来た私である。
「なるほど、これはつまり織田信長との出会いイベントだね?」
『……は?』
「だって、戦国時代にタイムスリップした現代人がまず出会うのは織田信長と相場が決まっているでしょう?」
『……………マンガやアニメの見過ぎというか、そもそも主様はタイムスリップではなくて異世界転移者でしょう?』
「ふっふっふ、プリちゃん。細かいことを気にしちゃいけないよ。こういうとき、まず真っ先に出会うのは織田信長だと憲法にも記されているのだから!」
『………………………………あぁ、そうですか』
なにやら万感の思いを飲み込んだような『あぁ、そうですか』だった。万感のうち呆れが八割なような気がするのは気のせいだと信じたい。
そんなやり取りをしているうちに外から多数の足音が。リアル信長かも、と期待しながら小屋を出る。
山道を歩いてきたのはいかにも戦国時代っぽい格好をした足軽たち。山の中では不自由であろう長さの槍を携えている。
そんな彼らの中心にいるのが葦毛の馬に騎乗した人物だ。
戦国時代は栄養状態が悪かったという話を聞いたことがあるけれど、そうとは思えないほど筋骨隆々とした肉体をしている。顔の皺からして初老と呼べる年齢であるはずなのに、それを感じさせない力強さだ。
厚手の和服には汚れやほつれなどなく、それだけで“彼”が高い身分であることを察することができた。着物の両胸には家紋がありどことなく見覚えがあるはずなのに、ちょっと考えても思い出すことはできなかった。
眼光は鋭く、おそらくは数多の人間をその手で屠ってきたのだろう。
そして。
頭部。
――禿げていた。
髪がなかった。
不毛の大地だった。
人体の急所を隠すことなく晒していた。
「……え? 信長ってハゲだったの?」
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