第3話 斎藤道三


「……え? 信長ってハゲだったの?」


『信長本人に聞かれたら首を落とされそうな発言は控えてください』


「あ~、そうだよね。死にはしないだろうけど痛いのは嫌だものね」


『普通の人間は首を落とされたら死にますけどね。まぁ主様は“普通”という概念に戦争をふっかけ続ける御方ですから無意味な指摘ですか』


「前から思っていたけれどプリちゃんは私にケンカを売っているのかな?」


『親愛なる主様にケンカを売るはずがないでしょう? 貴女様は私が最も尊敬する人なのですから』


「プリちゃんから評価されて嬉しいなぁ~棒読みじゃなければもっと嬉しいのだけど?」


『失礼。心にもない発言をしたせいで棒読みになってしまったようですね』


「辛辣……。私そろそろ泣いていい?」


『ご存分にどうぞ。光球この姿 ではハンカチも差し出せないので放置することになりますが』


「たとえ人型でも放置される予感がひしひしと……」


 私とプリちゃんがいつも通りのアホなやり取りをしている間。周りはなにやらざわざわしていた。山道を歩いてきた足軽たちがなにやら小声で話しているらしい。


 プリちゃんとのやり取りが一段落したので耳を澄ませてみるけど、なぜか内容を理解することはできなかった。彼らの見た目は間違いなく日本人であり衣服や装備からも日本で間違いない。だというのに会話内容が分からないのだ。


 いや正確に言えば所々聞き慣れた単語が耳に届くことはある。けれど、それが意味のある会話として聞き取ることができないのだ。


 こちらも小声でプリちゃんに話しかける。


「プリちゃん、プリちゃん。言葉が通じるようで通じないのだけど、どういうことかな?」


『……最古の日本語の録音がパリ万博(1900年)とされています。その日本語は“現代人”でも理解できますが独特の発音でもありました。それからさらに350年ほど時を遡ったとしたら同じ日本人でも会話が理解できなくても不思議ではありません。特に戦国時代は方言も色濃かったでしょうし、関ヶ原の合戦時、石田三成が島津の夜戦案を蹴ったのはそもそも薩摩の方言が理解できなかったからという説もありますから。ただ、三成は豊臣政権下で島津を『指南』していますし、上京した島津義久や義弘を接待していますから、言葉が通じなかったというのは……いやしかし関ヶ原に通訳がいなかっただけという可能性も――』


「お、おおぅ……」


 何という早口。プリちゃんの悪い癖、『考え出すと止まらない』が発動してしまった。これはしばらくアドバイスしてもらえそうにないね。


 しょうがないので私は“自動翻訳ラティオン”を使ってみることにした。その名の通り自動で翻訳してくれる便利魔法だ。



「……お館様、彼女はもしや……」



 騎乗のハゲ――じゃなくて精悍な男性に向かって、馬の手綱を引いていた青年が問いかけた。

 青年は他の足軽に比べればいい装備を身につけているから騎乗の人の側仕えあたりなのかもしれない。


 青年からの問いかけに騎乗の人は答えず、どこか呆然とした様子で私を見つめてきている。


「……これはあれかな? 私の美しさに絶句しちゃってる展開かな?」


『寝言は寝てから言ってください。まぁ主様は元の世界では絶世の美少女ではありましたが、戦国時代の『美人』は瓜実顔とされていますし、そもそもの問題として、瞳と髪の色に驚いているだけではないかと』


「瞳と髪?」


 空間接続系の収納 (いわゆるアイテムボックスとかストレージ)から手鏡を取りだし、自分の姿を確認。


 腰まで伸びた銀髪。

 ルビーのような赤い瞳。

 ついでに言えばホリの深い、いわゆる外国人顔だ。


「……うん、普通だね」


 銀髪赤目は元の世界でも貴重だったけれど毎朝鏡で見ていた私としては見慣れた姿だ。


『その見た目が普通だと思うのでしたら一度目玉を取り出して丸洗いした方がよろしいかと』


「プリちゃんは私に辛辣すぎない?」


『アホなことばかりほざいているからです』


 私とプリちゃんが微笑ましい主従友人のやり取りをしていると、騎乗していた男が馬から下り、私に近づいてきた。


 なんだろう、男の瞳の奥にわずかな狂気が透けて見える気がする。


 男は私の目の前で立ち止まると、微塵も遠慮することなく両手を伸ばし、私の頬に触れた。そのまま、何かを確かめるように顔や頭を撫で回してくる。前髪を掻き上げられたりじっと見つめられたりするのはちょっと恥ずかしかった。


『……無礼者ですね。殺りますか?』


(ぶ、物騒なこと言わないで欲しいなぁ……)


 プリちゃんの声は他人に聞こえないのがせめてもの救いか。

 声を出してしまうと周りからは独り言を喋っているように見えてしまうから思念で会話をする。


(まぁ、元の世界でも銀髪赤目は珍しかったし、戦国時代の日本なら尚更だろうから、少しくらいの無礼は許してあげましょうよ)


『銀髪赤目が珍しいから撫で回しているのでは無いと思いますが……』


 私が声を出さずにプリちゃんと話していると、わずかに震えながら男性が質問してきた。


「……き、帰蝶・・なのか?」


「え? あ、はい。(銀髪赤目は元の世界でも)貴重・・ですよ?」


「……そうか、やはりそうなのか……まさか幼い頃に行方不明になった帰蝶が……」


 震える声でつぶやいた男の目は潤んでいた。あれ? 何か変なこと言ったっけ私?


『なにやら盛大な勘違いが進行していますね……』


 呆れ声のプリちゃんだった。なんとなくだけど私の目の前の男に視線を向けているような気がする。


『帰蝶。美濃。着物の二頭立波紋……。西暦と外見年齢を突き合わせてみても、彼は斎藤道三・・・・である可能性が高いと思われます』


(え? 道三?)


『はい。まず間違いないかと』


(信長じゃないの?)


『まだ言っているんですか……』


(だってお約束が……あぁ! 道三ってことは、帰蝶・・か! 貴重・・じゃなくてね! 信長の正室の濃姫か!)


『むしろなぜ今まで気づかなかったのですか? 軍オタのくせに。剃髪で二頭立波紋ならばまず思い至りそうなものですけど』


(いやいやいくら軍オタだからって全部の家紋を覚えているわけないし、そもそも私は資料系じゃなくて装備系。人物じゃなくて兵器Loveの軍オタだから。軍オタの中でも色々とジャンルがあってね――)


『あ、どうでもいいので解説は結構です』


(ひどい!?)


『それにしたって二頭立波紋くらいは分かりそうなものですが……装備系ですか。では参考までに、火縄銃の作り方は分かりますか?』


(うん? 火縄銃なら捲成法だよね。まずは真金とよばれる鉄の丸棒に板状の鉄板を巻き付けて鍛接。それだけだと発砲時に耐えられないから板棒状の鉄をさらに巻き付けて鍛接。真金を引き抜き研磨したあとは銃尾をネジでふさげば銃身の完成だね。ちなみにネジの作成方法としては二種類が伝えられていて――)


『よくもまぁスラスラと。感心を通り越して呆れますね』


(自分から聞いてきたくせに!?)


 私とプリちゃんが(現実逃避を兼ねた)アホなやり取りをしていると、


「――貴様ら! 何のつもりだ!?」


 道三の側仕えであろう青年が緊迫した声を上げた。

 視線を向けると護衛の足軽たちが私や道三を取り囲むようにして距離を取り、槍の穂先をこちらに向けていた。


「へっ、お前たちにはここで死んでもらうのさ」


 足軽の代表格であろう男が下卑た笑みを浮かべる。

 初対面の男性(道三?)は未だ私の頬に触れたまま。複数人から槍を向けられている私である。


 いやいや、なんだこの展開? どうしてこうなった?




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