第4話 暗殺者(瞬殺)




「行方不明だった娘をこんなところに隠していたとはな。だが、好都合。大事な娘と一緒に地獄へ送ってやろう!」


 とは、足軽の親分っぽい男の談。なぜだか私が『帰蝶』だという前提で話が進んでいるでござる。


(……プリちゃん。私って銀髪赤目だよね? 我ながら日本人離れしていると思うけど、なんでみんな『帰蝶』と勘違いしているのかな?)


『考えられる可能性としては帰蝶が『アルビノ』だった、とかでしょうか?』


 アルビノ。ごく簡単に説明すると遺伝子の疾患で先天的にメラニンが欠乏している=肌や髪などが白くなっている個体だ。日本では白子とも呼ばれていたんだっけ?


 アルビノのイメージとしては『銀髪赤目』だろうけど、髪色はプラチナブロンドや金色、目に関しては赤以外にも青や褐色がいるらしい。


 銀髪も見方によってはプラチナブロンドだし、もしもそうなら私を『帰蝶』と間違えてしまっても不思議ではない。


 ……いや明らかな外国人顔なんだから間違えるのもどうかと思うけど。


(そもそもの話として、帰蝶ってアルビノだったの?)


『そうだったという歴史的記述はありません。ですが、戦国時代は女性の記録が残りにくいですし、そもそもの話として、我々の知っている歴史であれば帰蝶は行方不明になっていません』


(う~む、師匠が言っていた平行世界ってヤツかな? となると私のいた日本とは繋がらなくなっちゃうとか?)


 私が首を傾げている間にも事態は進行し、道三の側仕えであろう青年が怒りを露わにしながら腕を振り払った。


「貴様ら! 何のつもりだ!? お館様に取り立ててもらったご恩を忘れたか――ぐっ!?」


 青年の言葉が終わらぬうちに足軽の代表格が槍を突き出した。穂先が青年の腹部に深々と突き刺さる。

 槍が引き抜かれた傷口から鮮血が溢れ出し、これがドラマの撮影ではないことを教えてくれる。


 戦国時代の医療水準だとたぶん致命傷。だけど、私は治癒魔法を使えるし、いざとなったら異世界ファンタジーの心強い味方『ポーション』を使えるので問題なく助けることができるだろう。


「謀反人が偉そうに! 我らが主は美濃守(土岐頼芸)様のみよ!」


(……へ~い、プリちゃん。解説プリーズ)


『土岐頼芸。1548年いまですと、少し前まで美濃守だった人ですね。斎藤道三は頼芸の家臣でしたが、弟である頼満の毒殺から対立関係にありました。歴史によればもうすぐ頼芸の後ろ盾である織田信秀(信長の父)と斎藤道三が和睦、頼芸は美濃から追放されることとなります』


 なるほど、劣勢だから道三を暗殺してしまおうと。


(……まぁ道三は主君の弟を毒殺するような人間らしいし、暗殺されても自業自得だろうけど……これ、私も槍でぶっすーと刺される展開だよね?)


『あなたは槍で刺されたくらいでは死なないのでいいのでは?』


(やだよ! いくら自動回復イルズィオンのスキル持ちでも痛いものは痛いんだよ!?)


 私とプリちゃんがいつも通り過ぎるアホなやり取りをしていると、道三が一歩前に出た。

 そう、まるで私を庇うように――


 ――いいや、事実庇ってくれているのだろう。


 私を背中に隠し、守るように広げられた手。その姿は私に『父親』という存在を強く意識させた。


 もしも前世の養父が同じ状況に立ったとして。彼は、絶対にこのような行動はしないだろう。

 自分の目的のため。娘すら利用したのが彼だから。私なんて肉壁代わりに放り出すに違いない。


 だからこそ、私を守るために前に出てくれた道三は。私と血のつながりはないはずだけど。それでも、私にとっては十分に立派な『父親』だった。

 私は帰蝶じゃない。

 しかし……。


「……父親なら、守らなきゃね」


 小さくつぶやいた私は何度か手を握ったり開いたりした。うん、やはりこの世界の魔素も問題なく扱えそうだ。


「――風よ、エウ我が敵を切り裂けロノトゥス


 一陣の風が吹き抜けた。

 こちらに向けられていた足軽たちの槍。その穂先がことごとく切断され、地面に落ちる。


「え?」


 どこか間の抜けた声を上げたのは足軽か、それとも道三か。


「……逃げなさい。私だってあまり・・・人を殺したくはないの」


 完全なる善意で忠告しているのに、足軽たちは呆然としたり慌てふためいたりで逃げ出す様子がない。


『主様。常人には見えない風で切り落としても、主様がやったとは理解されないのでは?』


「あ、そっか」


 となると私がやったと理解できるような技を使わないと理解されないのか……。うん、面倒くさい。それに一度警告したのだから多少手荒な対応をしても許されるだろう。


 というわけで私は土属性魔法の応用で地面から蔦を生やし、足軽の一人を絡め取った。そのままブンブンと振り回し、遠心力で遙か遠くへと放り投げる。


「う、うわぁああああ!?」


 投げ飛ばされた足軽の絶叫が終わらないうちに二人目、三人目と投げていき……数分もしないうちに足軽全員の排除は完了した。


『……あれ、着地に失敗したら死ぬのでは?』


あまり・・・殺したくはないけど、暗殺者に容赦する必要もないしね~」


『……主様はときどきえげつないですよね。存在自体がコメディのくせに』


「あはは、プリちゃんも投げ飛ばしてやろうかしらん?」


 私とプリちゃんのアホなやり取り以下略、していると、道三が慌てた様子で槍で刺された青年に駆け寄った。


「光秀! 死ぬな! お前はここで死ぬべき人間ではない!」


 ……みつひで?


(プリちゃん。光秀って言うと明智の光秀? 本能寺でムカ着火ファイヤーしちゃう系のミッチーさん?)


『単なる同名かもしれませんが……明智光秀は若いころ斎藤道三に仕えていたとされていますし、帰蝶と光秀が親戚という説が事実ならば当然道三とも血縁があります。重用されていたとしても不思議ではありませんね』


「…………」


 あの深手だ、私が手助けしなければまず間違いなく『明智光秀』は死ぬだろう。


(ここで光秀が死ぬと本能寺も起こらないかな?)


『起こりませんが、そうなると織田信長を支えた明智光秀もいなくなりますね。代わりがいないほど優秀な外交官にして、行政官、軍司令官でしたから、信長の版図が史実より狭まるのは確実でしょう。そうなると豊臣政権や徳川幕府といった統一政権の誕生が百年単位で遅れる可能性すらあります』


(……助けた方が良さそうだね)


 私は光秀の側に膝を突き、彼の容態を観察した。前世の知識や経験もあるし、転生してからは何度か戦争に巻き込まれたことがあるので重傷者や流れ出る大量の血を見ても慌てふためくことはない。


(出血多量に臓器損傷……輸血が必要だけど戦国時代に実用されているはずがなし。まずは治癒魔法で傷をふさいで、そのあとに増血しましょうか)


 青年の傷口に手のひらを当て、聖魔法を直接流し込む。

 ちなみに聖魔法とは時間系の魔法であり、理屈としては『時間を巻き戻して傷口を治す』という感じだ。聖魔法という呼び名は私が元いた世界・元いた国特有の呼称であり、他の国では刻帰魔法や時間魔法などと呼ばれている。


 回復魔法なんて久しぶりに使ったので最初は手間取ったけど、すぐにコツを思い出して治療は問題なく終了した。


「ふぃ~、疲れた疲れたと」


『お疲れのところ申し訳ありませんが』


「ん? 何だいプリちゃん?」


『まだ説明する仕事が残っています』


「え? 説明って、今さらプリちゃんに聖魔法の説明なんて――」


 はたと気づく。この世界にはたぶん魔法なんて存在しないし、もちろん本物の魔女なんていないはずだ。

 つまり、この世界の人間は治癒魔法や先ほど槍の穂先を落とした風魔法、蔦を操った土魔法を初めて目にしたはずであり……。


 呆然と自分の傷口(だった場所)を見つめる明智青年と、狸に化かされたような顔をしている道三。どうやら私は彼ら二人に色々と説明しなきゃいけないらしい。


 このまま逃げ出してもいいけど、万が一追っ手を放たれても面倒くさいしなぁ……。


「……どうしてこうなった?」


 大気汚染など微塵もない空を見上げながら嘆く私であった。


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