第672話 五条川の戦い・2


「な、な、なんじゃ!? 何が起こった!?」


 まるで落雷が連続して起こったかのような轟音。

 信友が慌てて近くにいた馬廻に確認するが、彼らも状況が理解できていないようだった。むしろあの音によって馬が暴れ、それを御すのに精一杯で周りを見る余裕がなさそうだ。


 信友たちが慌てふためいているうちに二度目の轟音が響き渡った。


(これは……鉄砲か!?)


 二回目ともなれば最初よりも落ち着いて周囲を観察することができる。信友を中心とした本陣。それを左右から包囲するように信長勢の一部、鶴翼の両端が機動して……信友勢の真横から鉄砲を撃ちかけたようだ。


 しかし、その数が尋常ではない。


 一つ二つであれば信友もすぐさま『鉄砲』であると理解できただろう。だが、左右から挟み込もうとしている集団が手にした鉄砲は――、銃口から硝煙を上げる鉄砲は――、下手をすれば百を超えるではないか!


「くっ! 槍隊の旋回は間に合わん! 弓隊! 敵の鉄砲衆を狙え!」


 信友の指示が飛ぶまでの間に、三度目の射撃が。鉄砲とは次の攻撃まで時間が掛かる武器ではなかったのか!?


 もちろんそれは雑賀お得意の二段撃ちを、帰蝶の助言でさらに改良した三段撃ちがもたらした速度なのであるが、信友がそんなことを知っているはずもない。


 続々と鉄砲の餌食になる弓隊。

 装填速度だけ見れば鍛え上げた弓兵は鉄砲に劣るわけではないのだが……連続した轟音と、鎧を易々と貫く威力に平常心を失い、普段の技を発揮できていないようだ。


 個人の技量に頼っているからこそ、いざ心が乱れれば途端に所定の効果が得られなくなる。


 雑賀の鉄砲隊はその場に留まり、それ以上の進軍を止めたが……代わりとばかりに左右からそれぞれ赤母衣衆、黒母衣衆が突撃してきた。


「ひっ、ひぃい!?」

「馬じゃあ!」

「逃げろ逃げろ! 踏みつぶされるぞ!」


 後ろに信友がいるというのに、クモの子を散らすように逃げ出す弓兵たち。弓を扱うからにはそれなりに専門の戦闘訓練を受けていたはずなのだが、どうやら主君の命よりも自分の命の方が大事らしい。……下克上をするような主なのだから是非も無しか。


「と、殿をお守りしろ!」


 兵に逃げられ続けている信友だが、それでも忠臣はいるものなのか、突撃してくる騎馬と信友の間に馬廻衆が割り込んだ。


 信長の母衣衆も日々を鍛錬に当てている若武者ばかりであるが、さすがは守護代家の馬廻衆。そんな母衣衆に一歩も退かず信友に近づけさせなかった。


「……もはやこれまで!」


 馬廻衆は良く持ちこたえているが、逆転できるほどの兵は残っていない。いずれは信長勢の槍隊が進出してきて、馬廻衆も餌食となってしまうだろう。


 ここは城へ戻って腹を切るしかない。その前に何とか息子だけでも逃がさなければ。信友が覚悟を決めたところで――


「――織田信友! 武衛様の仇じゃ!」


 僅かに残った信友の槍隊を蹴散らして、正面から突っ込んできたのは斯波義統の家臣、由宇喜一。


 兜は被っていない。

 鎧すら身につけていない。

 槍兵に脇腹を突かれたが構うことなく馬を走らせ――手にした槍を信友の首に突き立てた。


 溜まらず馬から落ちる信友。頸動脈を突かれたのか首から鮮血が吹き出す。


 一気に遠のく意識の中、信友は途切れ途切れに声を発した。


「……わし、が、やったの、では……ない……」


 それが、尾張守護代大和守家当主・織田信友の最期の言葉となった。



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