第673話 閑話 景虎出陣(おそい)


 日が落ち始めた頃。


「よし! 出陣!」


 高らかに宣言したのは長尾景虎。同行するのは小島弥太郎と直江ふえ、そして前田慶次郎だ。


 前田慶次郎は帰蝶から与えられた槍と、甲冑姿という出で立ち。さらには真っ赤な母衣まで背中に付けている。堂々とした若武者振りであった。


 それに対して、景虎たちの装いは貧弱だ。


 景虎は胴丸を身につけているが、頭に被っているのは布製の頭巾。槍すらなく、腰に太刀を佩いているだけ。


 そんな景虎と比べれば愛用の金棒を持っている小島弥太郎は重装備だが、それでも完全な鎧姿とはほど遠い軽装であるし、兜ではなく鉢金を額に巻いている。


 さらに言えば、直江ふえなどは防具すら身につけず、町娘風の衣装のままだった。


(むむむ、拙者だけ完全防備……。これではまるで、拙者が臆病者みたいではないか?)


 そう考える慶次郎であるが、もはや景虎たちは馬を走らせ始めてしまったので甲冑を脱いでいる時間はない。それに、絵巻物に憧れる慶次郎としては『立派な甲冑姿で戦場を駆ける』ことこそが格好良さであるので、あまり気にする必要はないだろうと結論づけた。


 迷いなく馬を走らせる景虎に対し、慶次郎が問いかける。


「景虎殿! 清洲城の場所は分かっているのですか!?」


 那古野から清洲城に向かえば途中で信長勢と合流できるだろうが、問題は景虎が尾張の地理に明るくないであろうことだ。


 当然の心配を余所に、景虎があっけらかんと答える。


「なんかこっちの気がする!」


「き、気がするって……」


 唖然とする慶次郎に、小島弥太郎が馬を並べる。


「慶次郎殿。まぁ、あまり深く考えないほうがよかろう。景虎様はいつもこう・・なのでな」


「こう、って……」


 助けを求めるように慶次郎は直江ふえに視線を移すが、ふえは何も言わずにただ頭を下げただけだった。


 なんだか「うちの阿呆共がすみません……」と謝られた気がするのは気のせいだろうか? いやいくら何でも主君を阿呆呼ばわりはしないだろうが……。


 そんな景虎であるが。

 何が一番恐ろしいかと言えば。


 今疾走している道こそがまさしく、清洲城へと繋がる道であるということであった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る