第95話 ときどき(every time)



 何だかんだで夕方になってしまった。しかしまだセーフである。まだ初デート中なのである。今からでも一生忘れられない日にしなければ!


『剣豪将軍とのバトルほど強い印象を残せますかね?』


 ……いや勝てんわ。剣豪将軍とかキャラ立ちすぎである。


『あなたの方がキャラ濃いですが?』


 曇りなき眼(プリちゃんは光の球だけど以下略)で断言されてしまった。どこをどう見たら自分の名を雲の上まであげちゃった人よりキャラが濃くなるというのか。解せぬ。


 まぁ解せぬのはいつものことだから別にいいとして。


 愉快な仲間たちは空気を読んで別行動を取ってくれたので、三ちゃんと二人きりで堺の街をゆく。

 もちろん手を繋いで。恋人繋ぎで。るんるん気分でスキップ――は、三ちゃんがロボットダンスみたいな動きをしてしまったので今日のところは諦めるとして。


 戦国時代のデートスポットってどこなのかしらね? 海を眺める? 貿易港だから船がいっぱいでいまいちロマンチックじゃないわよね。


 くっ、無駄に長い人生でもデートなんてものはしたことがないから経験値が足りない!


 なにかデートっぽいこと、デートっぽいこと……と、私がうんうん唸っていると――



「――帰蝶」



 三ちゃんがどこか重苦しい声を上げた。


「……帰蝶は、なぜわしを選んだのだ?」


「うん?」


「帰蝶の力であれば、義輝を真なる将軍に据えることも容易いだろう。将軍の御台所として権勢を振るうこともできただろう。なのに、なぜわしだったのだ? 織田家の嫡男とはいえ、まだ家も継げるかどうかも分からないわしを――」


「そうねぇ。顔が好みだったから」


「……顔?」


「というのは二割冗談で」


「八割は本気なのか……」


「三ちゃんをからかうと楽しいから」


「……楽しいって」


「というのは一割冗談で」


「九割本気なのか……」


 このままふざけ通して誤魔化してもよかったけど、三ちゃんが真剣だったので私も真面目に答えることにする。


「三ちゃんはね、――とても、とても綺麗な魂をしているの」


「……魂?」


「そう、魂。ビックリするほど純粋で、ビックリするほど穢れがない。ここまで純真無垢な魂は私の人生でも初めて出会ったわ」


 私の答えを聞いてなぜか三ちゃんは苦々しい顔をした。


「……わしは、悪事を働いたことがある」


「でしょうね」


「人を殺したこともある」


「でしょうね」


「だのに、純粋と申すか? 汚れがないと申すのか?」


「……あなたの生まれも、境遇も、歩んできた人生も。魂が穢れるのには十分だった。十分だったはずなのに、それでもあなたの魂は綺麗なまま。ほんと、貴重。ほんと、これ以上汚れないよう部屋に閉じ込めて大事にしまっておきたいくらいに」


「へ、部屋に……?」


「今のまま世間から切り離し、汚いものを見せないようにすれば、きっと後世に名を残す『聖者』となることでしょう。自らを犠牲にしてでも衆生を救い、多くの人々から敬われ感謝される人物となることでしょう」


「…………」


「逆に、このまま人のあいまに生き、世界の汚さを見つめ続ければ――きっと、世に混迷をもたらす魔王となることでしょう」


「……で、あるか」


 下を向いてしまった三ちゃん。そんな彼と繋いだままだった手を胸元まで持ってきて、空いていた左手で優しく包み込む。


「ただまぁ、三ちゃんは『天下布武』を目指すのよね。自分で選んで、自分で進むのよね。ならば私は見守りましょう。ときどき手を貸しましょう。なぜなら、私があなたの妻だから。妻になりたいと、私自身が望んだから」


「……で、あるか」


「で、ありますよ」


 私がくすくすと笑うと、三ちゃんも恥ずかしそうに口元を緩めてくれた。


 ほんと、綺麗。

 ほんと、貴重。


 だから私は見守りましょう。

 ときどき手を貸しましょう。


 そして。


 もしも傷つける者が現れたら。

 もしも魂を穢そうとする者が現れたら。


 そのときは――




 ――生まれてきたことを、後悔させてやりましょう。




 生きることが苦痛であり、死ぬことすら救いにならない。そんな目に遭わせてやりましょう。




 だって。

 私は、三ちゃんほど甘くはないからね。





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