第94話 君飾らざれば臣敬わず
「元気いっぱいなのは結構だけど、そろそろ解散しましょうねー」
回復魔法で三ちゃんと義輝君のケガを治す。のちの天下人や天下の将軍様に後遺症とか残ったら大変だからね。
「おぉ、痛みが引いていく! これも帰蝶の“力”か!」
キラキラと目を輝かせる美少年義輝君だった。ふぅ、危ない危ない。三ちゃんに出会ってなかったら胸キュンするところだったぜよ。
『ショタコーン……』
ユニコーンみたいに言うの止めてもらえません? 私は童貞でなかろうが処女でなかろうが問題なく守備範囲なのだ以下自粛。
『自粛するのが遅すぎる……』
遅すぎたらしい。
と、三ちゃんが不機嫌そうな顔で鼻を鳴らす。
「ほほぅ、帰蝶を呼び捨てにするとはいい度胸よな」
また喧嘩を売ろうとする三ちゃんであった。はいはいキリがないから帰るわよー。
三ちゃんの首根っこを掴んで愉快な仲間たちの元へと引っ張っていく。義輝君も(お灸を据えられるのか)卜伝さんに引きずられていった。
こうして見ると悪戯好きの少年でしかない。そんな義輝君にちょっとだけアドバイスしてあげることにした。私は未来ある少年少女の味方なのだ。
「――あなたねぇ。まだ子供なんだから、やりたくもないことを無理にやる必要はないわよ? もっとワガママを言いなさいワガママを」
「…………」
義輝君は驚愕に目を見開いたあと。
「……ははっ、帰蝶が何を言っているのか分からんな」
すべてを分かったような顔で、そんなことを口にした。
子供がそんな顔をするのは、あまり好きじゃない。
子供というのは毎日遊んで、笑って、ときどき泣くくらいで丁度いいのだ。
「……ま、求婚までしてくれた子を赤の他人扱いするのもどうかと思うし。困ったことがあったら美濃に来なさい。おねーさんが助けてあげましょう」
「……うむ、期待していよう。左様なことは
ニヒルに笑う義輝君だった。
まぁ卜伝さんからの折檻でさっそく助けを求められる気がしないでもないけどね。
◇
「戦ったら服が汚れたわね三ちゃん!」
「……で、あるな」
「しょうがないから服を買いに行きましょう! すぐ行きましょう! お金は私が出すわよ!」
「……汚れた程度で服を買うなど贅沢ではないか?」
「私が! 着飾った三ちゃんを見たいのよ! じゃなかった! 織田弾正忠家嫡男に相応しい格好をしないとね!」
「……で、あるか」
なぜか呆れ顔の三ちゃんを小脇に抱えながら宗久さんの案内で堺の街を歩く。
到着したのは『布屋』という、あまりにもストレートな名前の呉服屋だった。
宗久さんが事情を説明してくれて、腰の低い店員さんが巻かれた布を持ってきてくれる。
『この時代は既製品の服なんてありませんからね。好きな布を選んで、これから縫うのでしょう』
あらそうなんだ。じゃあ末森城に着ていくことはできないかしらね?
『……いいところの坊ちゃんなのだからここで買わなくても礼服くらい持っているでしょうが……信長ですしね。信長公記でも『いつの間にそんな服を用意していたんだ!?』と驚かれちゃう信長ですしね』
信頼のない三ちゃんだった。
一応平手さんに確認してみると、那古野城にはちゃんとした (かぶいていない)服もあるそうなので末森城にはそれを着ていってもらいましょう。
というわけで。
三ちゃんに似合いそうな布を受け取り、広げ、三ちゃんの肩に掛けていく私である。
ふんふん、元がイケメンだから何でも似合うわね。でも三ちゃんの顔の色はイエベよりはブルベだから――、こんな色も――、いやいや意外とこれも――、あえて冒険して――
十二単もかくやというほどに布を重ねていると、三ちゃんがどこか不満そうな声を上げた。
「帰蝶、わしは折り目正しい服装など――」
「――君飾らざれば臣敬わず」
「む?」
「人の上に立つのなら、部下から尊敬されるような言動をしないとね」
「……いや、しかしだな……」
「見た目ではなく中身で評価して欲しい?」
「…………」
「あるいは、逆に相手を見極めようとしているとか? 傾いた格好をしていれば、相手も侮って本性を出してくるだろう、とか?」
「……帰蝶にはお見通しであったか」
「ふふん、これでも人生経験豊富だからね」
「……………前から疑問だったが、帰蝶は今何歳――」
「おっと三ちゃん。女性に年齢を聞いてはいけないわ。海に放り込まれたくなかったらね」
「……で、あるか」
「ま、とにかく。三ちゃんも元服を迎えたのだからそろそろ
「う~む、しかしだなぁ……」
まだ納得し切れていない三ちゃんにもう一枚布を重ねながら、私は続けた。
「それに、もう
「む? どういうことだ?」
「三ちゃんにはもう、私がいるのだから。私ほど三ちゃんを評価して、三ちゃんに本性をさらけ出している人はいないわよ?」
「…………。……いや、いい話で纏めようとしているがな、帰蝶はもう少し押さえた方がいいぞ色々と」
三ちゃんからジトッとした目を向けられてしまった。解せぬ。
う~むうむと存分に悩んだあと、三ちゃんは深々とため息をついた。
「……うむ、帰蝶がそう言うのなら是非も無しか」
渋々といった感じに頷く三ちゃんだった。
よし言質取った。これからはカッコイイ服を着てもらいましょう。なぜならイケメン少年は着飾らせるべきと国際法にも明記されているのだから。
『そんな世界、滅んだ方がいいのでは?』
なかなかに第六天魔王な物言いをするプリちゃんであった。
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