第626話 稲葉一鉄
まぁ、謀略をやらせたら父様には敵わないので、近衛師団の派遣時期と場所はお任せしましょうか。
『え?』
まるで『いやあなたの謀略は道三に匹敵しますが?』とでも言いたげな反応だった。解せぬ。
『自覚無しですか?』
解せぬ。
いやいや、正味な話、もしも魔法が使えなかった場合、私じゃ美濃の国盗りなんてできないのだから、その時点で父様に完全敗北でしょう?
『いやあなたなら盗れるのでは?』
プリちゃんの中の私評価はどうなっているのか。魔法が使えない私なんてただの美少女じゃないか。解せぬ。
『ただの?』
≪ただの?≫
「ただの?」
【ただの、とは平凡であるとか普通であるということを意味します。マスターには当てはまりませんね】
まさかの
解せぬりつつも父様たちと諸々の打ち合わせを終え、城内の私室に向かっていると――
「――おぉ! まさか、姫様ですか!?」
なんとも厳つそうな声が掛けられた。
振り返ると、そこにいたのは――頑固そうなオジサンだった。
いやほんとに頑固そう。
眉毛はぶっとく、眉間には深~い皺。鼻はデッカく鼻筋もビシッと通っていて、顎なんて四角くていかにも頑丈そう。戦国時代にしては高い身長とガッシリとした体つきが威圧感たっぷりだ。
その見た目を言葉にすれば、そう……頑固一徹。昭和時代のオヤジっぽい。いや今は昭和どころか戦国時代だけれども。
頑固。
この流れで頑固っぽそうな人が声を掛けてきたとなると――
「一鉄さんですか?」
「いってつ……? いや、申し遅れました。拙者、稲葉良通でございます」
と、恭しく頭を下げてくる稲葉良通さん。
【稲葉良通とは稲葉一鉄の別名ですね】
まさかの
プリちゃん大変よ! このままじゃプリちゃんのお株・解説キャラの座が奪われちゃう!
『実際、あなた相手は手が足りないので、協力してくれるならそれはそれで』
解せぬ。
それはともかく稲葉良通あらため稲葉一鉄さんはなんだか思ったより物腰柔らかそうというか、話が通じそうな雰囲気だ。
『稲葉一鉄。頑固で融通が利かないというイメージですが……史実を見るとそれほどではありませんね。斎藤義龍の親殺し(長良川の戦い)に協力しますし、義龍の息子・斎藤龍興が不利とみれば信長に鞍替えする柔軟さがあります』
ふ~ん。そう聞くとしたたかというか、やはり戦国の世を生きる男というか。
『ちなみに斎藤道三から茶の湯の秘伝書である数奇厳之図を相伝されたり、医学に造詣が深かったりと文化人的一面もありますね』
へー。
医学って文化人的っていう括りでいいの? むしろ理系じゃない?
『あとは……明智光秀に二度も家臣を引き抜かれ、稲葉一鉄が信長に相談。信長は光秀を叱責した上で、争いの原因となった斎藤利三に切腹を命じています。一説には怒り狂った信長が光秀の髷を掴んで振り回したとか。これが本能寺の原因だとする主張もありますね』
みっちゃんの貴重な髪の毛が。……じゃなくて、そういうところだぞ三ちゃん。
そして稲葉一鉄さんはもしかしたら本能寺の原因になるかもしれない人であるらしい。これは要注意かもね。
私が警戒していると、一鉄さんは遠慮なく褒めてきた。
「いやぁ、幼い頃にお目に掛かったことがあるだけでしたが、なんとも美しき姫に成長されましたな!」
えへへ? そうですか? 真っ正面から褒められるのは珍しいので照れちゃいますねー。
『要注意とか言っていたくせに』
≪早速
「単純だねー」
あんたらが普段から素直に褒めてくれればいいだけじゃー。解せぬー。
『褒めたいのですが』
≪褒めると際限なく調子に乗るからのぉ≫
「そもそもやらかしがデカすぎて素直に褒められないよね」
げーせーぬー。
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