第44話 那古野城で空を飛ぶ



 まぁとにかく。訪問のお手紙(いわゆる先触れ)も出したことだしちょっと那古野なごや城まで行ってみることにする。


 プリちゃんの示した方向を見やると、高さ20メートルほどの台地の上に建っているおかげか、少し離れた川からも那古野城らしき姿を確認することができた。


 那古野城。

 未来の名古屋城である。


 エレベーターは絶対に許さん。せめて中に作れ中に。


 もちろん現時点で五層五階の天守なんてものはなく、目立つ構造物は土塁と塀、矢倉くらいしかない。


 でも、城オタとしてはめっちゃテンション上がる。だって那古野城の詳細なんて残ってないし。名古屋城の二の丸にあったんじゃないかと推測されているだけだし。そんな那古野城を生で見られる機会なんだよ!? テンション上がらない城オタがいるだろうか! いやいない!


『……恋する乙女としては、信長との久しぶりの再会の方にテンションを上げるべきでは?』


 やだープリちゃんったら純心なんだからー。

 プリちゃんをツンツンと突いてから私は転移魔法で那古野城まで移動することにした。いきなり城内に転移するとただの不審者だから、まずは近くまで転移して改めて三ちゃんに連絡を――


 と、立ち上がった私の裾を光秀さんが掴んだ。


「帰蝶。この際どうやって信長殿と出会ったのかは聞かぬが……一人で向かうことなど許可できん。尾張はまだ敵国なのだぞ」


「あ~なるほど光秀さんのご心配はもっともで。――じゃあ一緒に行きましょうか!」


「へ?」


 光秀さんの返答を待たずに私は彼を小脇に抱えた。



『成人男性を小脇に抱えられるって、やはり中身はゴリラですよね』



 はははっ、アイアンクローで頭かち割るわよ?


「では皆さん、ちょっと出かけてきます。あとで追いつくのでこのまま川下りを楽しんでくださいな」


「ま、まて帰蝶――」


 光秀さんの声が都合良く聞こえなかった私は那古野城近くまで一気に転移したのだった。光秀さんと一緒に。





『――光秀さんはそろそろ本能寺しても許されると思います』


 本能寺を動詞にするのは止めてください。


 はじめて♪の転移魔法は刺激的すぎたのかグロッキーな光秀さん。そんな彼に回復魔法を掛けてあげる私、とても優しいと思います。


『本当に優しい人間はいきなり転移したりしません』


 プリちゃんのツッコミが理解できなかった。不思議なこともあるものだ。


 さて。私たちが今いるのは那古野城の大手門らしき場所に繋がる道の上だ。このまま近づいてもいいけど、不審者だと思われて矢を射かけられたら痛いのでまずは三ちゃんに到着の連絡を――



「――若様! 宗恩殿がお待ちですぞ!」



 と、なにやら悲痛な叫び声が響いてきた。



「すまんな爺! 今日ばかりは無理だ!」



 そしてなにやら聞き覚えのある声。

 大手門方向に視線を向けると、少年たち(&青年一人)が城から逃げるように馬を走らせていた。


 ……うん、少年たちというか、三ちゃんと愉快な仲間たちだね。


 そんな三ちゃんたちを『爺』と呼ばれた男性が必死に追いかけている。彼も馬に乗っているので逃がすつもりはないようだ。


「若様! 最近は心を入れ替えてくださったと感心しておりましたのに!」


「えぇい、今日だけよ! 明日からは真面目にやるので許せ爺!」


 三ちゃんは器用にも後ろを向きながら(そして『爺』と会話をしながら)馬を操っているので、進行方向の先にいる私たちに気づいた様子はない。


『そういえば、信長は居眠りしながら馬に乗っていたと島津家久が書き残していますし、曲乗りが得意なのかもしれませんね』


 はたして居眠り運転は曲乗りに含めていいのかしら?


 しかし、三ちゃんから『爺』と呼ばれている初老の男性、もしかして傅役もりやく(教育係)の平手政秀かしら? なんかいかにも苦労してそうな顔をしているし。


『まぁそうでしょうね。ちなみに信長が待たせている『宗恩殿』とは沢彦宗恩のことだと思われます。臨済宗の僧侶であり、信長の教育係をしていたとされています』


 戦国大名って子供の頃はお坊さんに家庭教師的なものをやらせていたみたいだしね。有名どころでは今川義元の軍師、太原雪斎か。


 …………。


 なるほど。

 つまり。

 三ちゃんは勉強をせず、家庭教師を待たせたまま逃げ出したと?


「…………」


 一歩。

 踏み出すとほぼ同時、器用にも後ろを向きながら平手さん(暫定)に手を振っていた三ちゃんが前を向き、道の真ん中に佇む私に気がついた。


「げぇ! 帰蝶!?」


 げぇ、とは何だ。げぇ、とは。こんな絶世の美少女を捕まえて。


 私はにっこりと微笑みながら両手に魔力を集めた。

 そして、そのまま、ちゃぶ台返しをするように『どっせーい!』と腕を振り上げる。


「――勉強は! ちゃんとしなさい!」


「ぬわぁあぁあっ!?」


 風の魔法で吹っ飛ばされ、天高く舞い上がる三ちゃん(と愉快な仲間たち)。高さは10mくらいかしら? 我ながら景気よく吹っ飛ばしたものである。


 もちろん馬は巻き込まなかったし、三ちゃんたちが落下時にケガをしないよう風の魔法で優しく包み込んで着地させた私、とても優しいのである。


『……優しい人間はそもそも吹っ飛ばしません』


 勉強から逃げる三ちゃんが悪い。ワタシ、ワルクナイ。




 ちなみに。

 愉快な仲間の一人である青年・森可成は私の姿を見るなり馬を止めたので吹き飛ばされなかった。如才ない人である。


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