第558話 閑話 やめて! 帰蝶のせいで争わないで!


 淀城を取り囲む一向一揆の総司令官、下間頼言の苦悩は尽きなかった。


 まず、城が落ちる気配がない。


 十万もの一向一揆に取り囲まれれば自落するのが普通だというのに、城側は意気軒昂。怪しげな武器が尽きる気配はないし、飢えている様子もない。


 対するこちらは散々だ。


 数えられないほどの死傷者を出しているのに、城を落とすどころか堀を越えることすらできていない。


 さらに言えば、食料も足りない。


 少し前まではそれでも陸路を使って本願寺から食料が送り届けられていたのだが、この数日はそれも激減していた。


 おそらく輸送を担う連中が横領しているのだろうが……蓮淳様がいるのに、そんなことが許されているのが不思議であった。


 理由は分からぬが、これから食糧供給が増えると考えられるほど頼言は楽観的にはなれない。ここはなんとか補給に頼らずに食料を得なければならないのだが……。


 悩む頼言の元に、その噂・・・が届いた。


 淀川の対岸にいる加賀の連中が、城側と和睦。城から食糧供給を受けているというのだ。







 下間頼言は加賀一向一揆の指揮者、超勝寺実照を呼び出した。


 相も変わらず分厚い肉体をしている男だ。

 血色も良く、痩せた様子もない。むしろ以前より一回り大きくなったような気さえする。


 加賀の連中も補給が滞り、食糧確保に難儀しているはず。

 だが、頼言の元へとやって来た実照も、側仕えの者たちも、飢えた様子は見られなかった。


 食料が少なくなろうとも、指揮官たちには優先して渡される。そんな『常識』を考えれば実照たちが飢えていなくても不思議ではないのだが……頼言はどうしても城から補給を受けているという噂を思い出さずにはいられなかった。


「実照。其方らが淀城から補給を受けているという噂がある」


「はははっ、まさか、そんなはずはないでしょう?」


 快活に笑う実照からは後ろめたさなどは感じ取れない。


「しかし、加賀の連中に飢えた様子がないではないか」


「北陸は食糧事情がよくありませんからな。特にこの数年は白山の噴火などありましたから……この程度の飢え、慣れているので御座います。豊かなる大坂の民には理解できぬかもしれませぬが」


「…………」


 筋肉の塊と言える超勝寺実照はその見た目から実直愚昧な人間だと誤解されることも多い。だが、そんな人間が激動の北陸を生き残れるはずがないし、こうして加賀の信者の統率を任されることもない。


「それに、城側から補給があると申されますが、周囲を完全に包囲されている淀城に、敵へ食料を分け与える余裕などあるはずがないでしょう?」


「……うむ。そうであるな」


 これ以上の問答は無駄かと判断した頼言は超勝寺実照を下がらせた。

 彼の姿が見えなくなったところで、側近の一人に命じる。


「加賀の連中を調べろ。なんとしても城から補給を受けているという証拠を掴むのだ」




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