第662話 閑話 平手さん頑張る


≪なるほど、馬を貸すと? なれば、おぬしには我の背を貸してやろう≫


 と、脈絡もなく現れたのは白髪金目の美女。帰蝶ほどではないがそれでも神出鬼没の存在・玉龍だ。


「……なんじゃ? また帰蝶が何か企んでおるのか?」


≪アレが腹黒いのはいつものことじゃし、今回もなにやら裏で動いたようじゃが……此度は我の意志よ。――おぬしが出陣するというのに、駄馬に乗せるわけにはいかぬからな≫


 周りに他の人間がいるというのに、白髪美人の姿から白馬へと変身する玉龍。それでも帰蝶たちの奇行によって良くも悪くも慣れてしまったのか、母衣衆に驚いた様子はない。


 ただ、そういうものを初めて見たのか、由宇喜一は腰を抜かすほどに驚いていたのだが。


 ……これは説明するのも面倒だ。


 人間の適応力の高さを嫌と言うほど見せられてきた信長は、まぁそのうち慣れるだろうと放置することにした。そういうところである。


 信長が本来乗るはずだった馬を由宇に貸し、槍を与え……そんなことをしているうちに、信長配下の饗談(忍者)が駆け込んできた。


 今までの信長は忍者を雇っていなかったし、本来であれば織田弾正忠家を継いだときに忍者集団も引き継ぐ予定だった。が、それでは都合が悪いので帰蝶に協力を仰ぎ、帰蝶の紹介で少しずつ忍びを雇い始めたところだったのだ。


 まだまだ数少ない忍びの一人は、当然のことながら弾正忠家と敵対関係にあり、那古野との距離も近い清洲城周辺に配置してあった。


 ただし、馬は持っていなかったので結果として斯波義銀たちよりも遅い到着となってしまったが。忍びに馬を持たせるにしても、どこに置いておくかという問題があるので、それは今後の課題だろう。


 そんな忍びが息を切らしながら報告する。


「御注進! 斯波義統殿! 自刃!」


「まことか!?」


「はっ! 信友の軍勢が守護邸を包囲して攻め入り、義統殿が入った屋敷が火に包まれる様子を、この目でしかと確認いたしました!」


「よくぞ伝えた!」


 銭の入った小袋を忍びに投げ渡してから、信長は近くにいた傅役もりやく(教育係)平手政秀を呼び出した。


「爺! 爺! 父上に伝令じゃ! 謀反人討伐の栄誉、この三郎が頂戴いたすと!」


「ははっ! 承知いたしました!」


 命令を受けた政秀はすぐさま厩(馬房)へと向かった。もはや彼に信長の行動を止める様子はない。――信じて、託す。それが今の平手政秀の方針であるが故に。


「……殿。よろしいのですか? 父ではなく拙者が向かってもよかったのですが……」


 信長が政秀を見送っていると、不安そうに息子・平手長秀が確認してきた。戦国時代基準では老齢となった父を案じているのだろう。


「うむ。今回はこと・・こと・・であるからな。下手に若い人間を派遣しては妄言と取られて相手にされない可能性もある。その点爺ならば安心よ。あの生真面目さは誰もが知っておるからな」


「そこまで考えてのことで御座いましたか……」


「うむ。爺の分はおぬしに戦働きしてもらわぬとならんな」


「はっ! 殿からいただきました『長』の字に恥じぬよう奮起いたします!」


「で、あるか」


 平手政秀が城を出て行く姿を見送ってから、信長は先ほどまで前田慶次郎が踊っていた石垣用の岩の上に立った。





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