第663話 閑話 いざ出陣
即応こそが母衣衆の強み。すでに信長の前には1,000を超えそうな母衣衆(馬廻衆)が集まってきている。
今川義元と戦ったときよりもさらに規模が拡大しているが……新たなる那古野城の偉容と、それを作り上げてみせた信長の評判を聞きつけ腕自慢たちが続々と集まってきているのだ。
母衣衆。と、名付けたが全員に母衣を配布できているわけではないし、馬の数が足らずに槍兵や弓兵となっている者も多い。正確を期するなら母衣衆ではなく従来通りに馬廻衆か、あるいは親衛隊とでも呼ぶべきだろうが……ここは格好良さを優先した信長である。
皆の前に立った信長は大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
「皆の者! 火急の
信長の発言にざわめきが広まる。信長の母衣衆は武家の二男坊や三男坊、土地を受け継げない農民が過半を占めている。最近は牢人(浪人)も増えてきたとはいえ、いわゆる『教養がある』人間はほとんどいない。
だからこそ『武衛様(斯波義統)』や『御腹召された(切腹した)』という意味を理解できなかった者も数多かったが……しばらくすると、話を理解した者から
いくら下克上の世とはいえ、主君を殺すなんて
共に飯を食い、共に訓練し、たむろして町を練り歩き、時には雑魚寝もするような主君・信長を持った彼らは……織田信友とやらの非道に怒りを露わにした。
「とんでもねぇヤツだ!」
「
「おう! 『ぶえー』とやらの仇討ちだ!」
気炎を吐く母衣衆に頷いてから、信長は手にしていた旗を広げた。
――織田木瓜。
織田信長の家紋として、最も有名なもの。
「この旗印は! 我が父弾正忠が武衛様より賜りしもの! 我らと武衛様との絆、御恩と奉公の証! 弔い合戦に掲げるのに、これほど相応しい旗印はない!」
「「「おおおぉおおおおっ!」」」
「時は今! 敵は清洲城にあり! 武衛様の仇討ちじゃあぁああああぁあああっ!」
「「「おおおぉおおおおぉおおおおぉおおおぅ!」」」
ここで思わず「尾張を取るぞ」と叫びかけ、すんでの所で何とか思いとどまった信長である。帰蝶のウッカリが移ったか、ウッカリを近くで見すぎたからこそ予防できたのか。
ちなみに斯波義統と織田信秀は直接の主従関係にないので『御恩と奉公』もなにもないし、むしろそんな信秀に旗印を与えること自体が越権行為だったのだが……ここはノリと勢いを重視した信長であった。
ともかく、出陣前の演説は無事成功を収めたのだから、ゆっくりと岩から降りた信長である。
そのまま、岩の上から見つけた者たちのところへ向かう。
雑賀衆と雑賀孫一。
そして、鳥居半四郎。
当然のように母衣衆の中に混じっていたが、雑賀孫一や鳥居半四郎は帰蝶の直臣であるし、雑賀衆も帰蝶に雇われている立場。妙に潔癖というか生真面目なところがある信長は確認せずにはいられなかった。
「よいのか?」
以前よりは改善したとはいえ、まだまだ口数少ない問いかけ。あえて翻訳するなら「おぬしらも出陣する流れだが、いいのか? 帰蝶の家臣であるおぬしらが儂の元で戦うことになるが……」となる。もっと喋れ織田信長。
しかし口数が少ない仲間であるおかげか、あるいは義理の兄弟(?)の絆がいい感じに働いたのか、孫一は信長の思いを察したようだ。
「ん。報酬はよろしく」
孫一の発言に、鳥居半四郎も信長の真意を理解する。
「むしろ、ここで信長様を見送っては、それこそ帰蝶様に叱られてしまいましょう」
「……で、あるか」
信長が目当ての人物を探して視線を彷徨わせると、酔いつぶれたのかイビキを立てて寝ている長尾景虎、小島弥太郎、そしてどこか申し訳なさそうな顔をする直江ふえを見つけた。
「…………」
景虎と弥太郎の武勇があればずいぶんと楽になるのだが、寝ているのなら是非も無し。というか酔っ払いがまともに馬に乗れるかどうかも怪しいのだから、無理に起こすことは止めた。
……まぁ、史実における景虎は平気で馬上酒を楽しむ系の人間だったのだが、信長には知る由もないのだから是非も無し。知っている人間がここにはいないのだから是非に及ばず。景虎のことは一旦忘れて出陣することにした信長である。
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