第664話 閑話 由宇喜一、出陣


 玉龍の変身で茫然自失となっていた由宇喜一は、信長の演説で我を取り戻した。


「時は今! 敵は清洲城にあり! 武衛様の仇討ちじゃあぁああああぁあああっ!」


「「「おおおぉおおおおぉおおおおぉおおおぅ!」」」



 大地を揺らすかのような鬨の声。いつの間にか集まったのか数百――いいや、千に届きそうなほどの武者たちがひしめき合っている。


 統一された集団ではない。

 さすがに騎馬武者たちは立派な鎧を身につけ、美しく染められた母衣を装備しているが……槍兵たちはボロボロの鎧しか着ていない。兜がある者などごくごく少数であるし、手直しする銭もないのか部品の欠損をそのままにされたものも多い。


 ただし、由宇の目を引いたのはそこではない。


(なんと長い槍であるか!)


 この時代、足軽が使う長槍の全長はおよそ三間(約5.4m)だというのに、信長の部隊は三間半(約6.4m)もの長さの槍を使っている。


 槍は長い方が有利。

 と、単純に言えるものでもない。


 長くなればなるほど重くなるし、しなり・・・も大きくなる。農民主体の足軽ではまともに扱えないので、長さと扱いやすさの両方を取ろうとしたとき、丁度いい長さが三間となるのだ。各地の大名家で採用されている長さが大体同じであることがそれを証明している。だというのに、それを考えなしに伸ばしてしまうのは……。


(……いや、違う。違うのか)


 長槍を扱うのは足軽ではない。装備こそ足軽であるが、信長の召集にすぐさま答えることができた者たち。――つまりは、正規の武士戦闘職


 日々を鍛錬に費やすことができる正規兵であれば、たとえ槍が長くなったとしても扱えるだろう。扱えるように訓練をしているのだから。


「出陣ッ!」


「「「おおおぉおおおおぉおおおおぅ!」」」


 まずは信長が先陣切って駆けだし、50騎ほどの騎馬と、さらに50ほどの馬が続く。


 後の50の馬が、また奇妙だ。

 馬具は見慣れないものであるし、その馬具の左右それぞれに歩兵一人ずつが掴まり、並走しているのだ。


 まるで飛ぶような軽やかな足取りであるな、と。妙なところで感心してしまう由宇。


 そして、残された900人ほどの槍兵が騎馬たちを走って追いかける。

 普通、三間半もの長さの槍を持っていては走ることなどできないはずなのだが……彼らは束ねた槍を馬に括り付け、自分たちは走って戦場に向かうようだ。


 馬に括り付けた槍の反対側は地面とこすれて摩耗してしまうはずだが……信長の長槍には石突き(金属部品)が付いているから摩耗も少なくなるはずだし、槍を長く使うことよりも『速さ』を重視しているのだろう。


 そう、速さ。


(なんという速き軍勢であろうか!)


 孫子曰く、兵は拙速を尊ぶ。まさか15の少年がその極意を実戦しているとは……。


「……ハッ! 感心している場合ではない!」


 このままでは仇討ちに乗り遅れてしまう。慌てた由宇は急いで馬を走らせたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る