第665話 閑話 ポンコツは感染する
「……あっれ~? みんなは?」
ぬくっと起き上がった長尾景虎はキョロキョロと辺りを見渡した。あれだけ騒いでいた石曳きの男たちも、築城の指揮を執っていた三郎も、どこにもいないではないか。
……いや、一人だけ残っている。
前田慶次郎。
本来であれば真っ先に戦場へと駆けていきそうな男が、今、仲良さそうに直江ふえと酒を飲み交わしているではないか。
あれだけ景虎から飲まされてもまだ飲み続けられている直江ふえに驚くべきか。あるいは、信長たちがあれだけ騒々しく出陣していったのに今の今まで眠りこけていた景虎に呆れるべきか……。どちらにせよ『越後の人間は風変わりですなぁ』案件であった。
と、景虎が起きたことに慶次郎が気づいた。
「おお、景虎殿! 三郎殿たちは出陣いたしましたぞ!」
「しゅつじん……?」
「えぇ。尾張の守護が守護代に
慶次郎の説明を受けた景虎は愕然とした。
「なんて面白そう――ごほん! なんたる事態! 同じ守護代家として、そのような不忠は見逃せないわね!」
ガバッと立ち上がる景虎であった。どうやら帰蝶の『お姉ちゃん』を自称したことによってポンコツも移ってしまったらしい。げに恐ろしきは帰蝶の感染力か。
「……そういえば、慶次郎君は一緒に行かなかったの? きみ、戦好きじゃなかった?」
慶次郎『君』とは、また奇妙な呼ばれ方である。きっと帰蝶が教えたのだろう。
「えぇ。なにやら景虎殿を待っていた方が面白いような気がいたしましたので」
「お、中々の勘ね。いいでしょう。面白いことをしに行きましょうか!」
なにやらウキウキしながら屋敷に向かう景虎。おそらく鎧を着に行くのだろう。
「まずは湯浴みね! 湯浴み!」
違った。この期に及んでのんびり風呂に入るらしい。剛胆というか、なんというか。
(いや、しかし、見事なものよ)
そんな姿を見せられながらも感心する慶次郎。あれだけ酒を飲みながら、その足取りからは酔いがまったく感じられないのだ。
(飲んだくれているようで、最後の一線は確保しているということか。さすがは越後の『軍神』殿よ)
どうやらもうすでに景虎は『軍神』として話題になっているらしい。
……途中で「さっさと起きなさい!」と小島弥太郎を足蹴にしていたが……やはり酔っているのだなということにした慶次郎である。
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