第568話 閑話 頼言の最期


「えぇい! 何が起こっておるのだ!?」


 淀城攻めの総指揮官・下間頼言は思わず声を荒げてしまった。


 信者の一部が加賀の連中と諍いを起こすのは、まだ分かる。頼言とて加賀の連中の内通を疑っていたのだから。


 しかし、本願寺を襲うあの雷はなんだ?

 とても自然現象とは思えぬ連続した落雷。信者の中にも『仏罰』だと騒ぎ出した者が出てきた。


 通常であれば、そんな騒ぎは大きくなる前に鎮静化する。


 だが、今は事情が異なっていた。

 長期にわたる城の攻囲によって信者たちは肉体的にも精神的にも疲弊し、飢えによって不満も溜まっている。


 さらに淀城からは常軌を逸した手段での攻撃が繰り返され……空には仲間だった者の死体が飛び、夜には仏の白毫びゃくごうから放たれたかのような光が信者の目を焼く。


 そんな状況で大坂本願寺に神鳴かみなりが落ち続ければ――仏罰であると信じる者が出るのが自然であった。


 ゆえにこそ、『仏罰』という噂は瞬く間に信者たちの間に広まっていった。


 集団の妄想は暴走に繋がる。

 すぐさま頼言は副官たちに命じて事態の収拾に当たらせたのだが……突如として豪雨となってしまう。


 すぐ近くにいる人間の声すらかき消される土砂降り。ずぶ濡れになってしまったのは不快だが、これ以上信者の間に混乱も広まらないかと頼言が考えていると――馬の走る音が聞こえた。


 豪雨すらも超える、蹄の音。


 一体何頭の馬が駆けているというのか。


 いくら本願寺十万とはいえ、馬の数はそれほどではない。むしろ食料の輸送に回したので騎馬武者など皆無と言えた。


 では、この蹄の音は、誰が立てているというのか――


 頼言の背中に冷たいものが走る。雨による冷えとは明らかに異なる、嫌な予感によるものだ。


 状況を確認しようにも、雨と霧によってもはやどこに誰がいるかも分からない。


 対して。

 相手・・はこちらが分かるだろう。長大な帷幕に囲まれ、数多の旗が立っているのだから。「ここぞ本陣!」とに教えているようなものだ。


 旗を倒せ。

 帷幕を片付けろ。

 いや、総大将じぶんがここから離れた方が早い。


 頼言がそう判断したところで――ひときわ大きい馬の嘶きが鳴り響き、帷幕を支える柱が倒された。


 白い。


 白い、巨大なる馬。

 在来馬とは一回りも二回りも大きいその馬は、もはや『馬』という概念すら超越している。


 あまりにも美事みごとなる白馬に目を奪われていた頼言は――やっと気づいた。


 白馬の乗り手。

 まだ年若い少年の握った槍の穂先が、こちらに向けて突き出されたことに。




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