第567話 勇将


 淀城付近。


 不自然な落雷に見舞われる本願寺。

 味方であるはずの加賀衆との間で始まった諍い。

 そして、一町先すら見通せるか怪しいほどの豪雨と霧。


 ――好機。


 いまこそ、淀城を取り囲む一向一揆へ突撃すべき時機。

 そう判断した長尾景虎は馬を走らせた。


 そんな彼女に追従できたのは、越後からの付き合いである小島弥太郎と直江ふえのみ。わずか三騎でなにができるのか、などと景虎が考えることはない。今が好機なのだから、今こそ突撃するべきなのだ。そうすれば結果など後から付いてくる・・・・・・・・


 そんな景虎に、信長が連れてきた馬廻衆は誰一人追従できなかった。


 そして。

 追従しなかった・・・・・男が一人。


 景虎の突撃とほぼ同時。同じ時機に馬を走らせたからこそ、景虎と並走することになった男。


 ――織田三郎信長。


 その存在に気づいた景虎は舌を巻いた。

 勇猛果敢な越後の兵でさえ、景虎が突撃を始めてから付いてくるのが精一杯だった。だというのに、信長は景虎とほぼ同時に馬を走らせてみせた。


 つまり、突撃するべき『時機』が見えていたのだ。


 ……戦国時代を通して見ても、戦の『機』を読める人間はそれほど多くはない。

 だが、景虎も、信長も、数少ない読める・・・人物であった。


 織田信長とは間違いなく名将である。戦略眼に優れており、必要があれば敵の手法であっても躊躇なく採用した。


 しかし、彼の凄みは陣頭指揮を執ったときにこそある。


 史実において今川義元を討ち取り、朝倉家を滅ぼしてみせた男。


 突撃すべき時機を理解し、必要であれば先陣を切り、時には敵将と一騎打ちをして劣勢を挽回する。


 織田信長とは、織田家随一の勇将なのである。


 そんな信長だからこそ、時機を見抜いた。

 ここが突撃どころだと理解した。


 そして、少々遅れながらも馬廻衆たちが続く。自分たちの総大将が先陣を切ったというのに、付いていかないような盆暗は存在しないが故に。


 10万の敵に対しても、時機となれば迷うことなく先陣を切る男。

 そして、10万という大軍相手への突撃にも部下を付き合わせる将器。


(……面白い男ね)


 帰蝶の夫、としてではなく。


 おそらくは。景虎が初めて『織田三郎信長』という男に興味を抱いた瞬間であった。




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