第566話 悪役というか悪党というかラスボスというか
「――はろ~、ないすとぅーみーちゅー」
気安い声を上げながら、大坂本願寺の正門にやって来たのは銀髪赤目の少女。
戦国時代の価値観で見る『美人』ではないが、それでも美しいとしか表現できない女だ。
「な、何奴だ!?」
人とは思えぬ銀髪に、瞳の色。さらに言えば南蛮人のような服装。あまりにも現実味がない光景に、門番が薙刀を向けながら
対する銀髪の女はドヤッとした顔をする。
「何だかんだと聞かれたら! 答えてあげるが世の情け!」
「は?」
「え~? ノリ悪ーい。この私がわざわざ出張ってきたのだから、もうちょっと小粋な反応が欲しいところよねー」
けらけらと笑いながら女はその名を名乗った。
「リーリス・メアリ・ヘブライア。これ以上の禁術の乱用を防ぐため――『力』ある者の責任として、本願寺を滅ぼしに参りました」
◇
帰蝶。
ではなく、リーリスと名乗った女は手始めに門番を吹き飛ばし、正門も吹き飛ばしてから本願寺の敷地に入った。
「ほうほう? 大坂本願寺は堅城として名高いけど、それほどって感じじゃないわね? まぁ今は1548年だし、これから拡張されていくのかしら?」
まるで物見遊山でもしているかのような気軽さでリーリスは石畳を進んでいく。
無論、僧兵たちはそんなリーリスを止めようとしたのだが……呪文詠唱すらしない雷撃によって全員が行動不能にさせられている。
ちなみにその中には虎寿を見逃した僧兵も含まれていたのだが……帰蝶がそんなことを知っているはずもないので是非もなかった。むしろ生き残れただけ日頃の行いがいいと言えるだろう。
そんな死屍累々を器用に無視しながらリーリスが敷地内を見渡す。
「あら、あら。逃げる準備はしてないのね? まったく、おねーさんの警告を無視するとは、これはお仕置きが必要かしら?」
むしろお仕置きできることを喜んでいるような風に笑いながら、とうとう彼女は本願寺の本堂に到達した。
「――おのれ帰蝶! ここは通さぬぞ!」
本願寺の法主、顕如が身の丈に合わぬ薙刀を構えながら本堂の入り口に立ちふさがる。
「う~ん……」
リーリスは鬼のようなる女であるし、悪魔のような腹黒さであるし、畜生のような浅ましさも有している。が、さすがに年端もいかない少年を問答無用で吹き飛ばすようなことはしなかった。
「私、あなたにそこまで恨まれるようなことをしたかしら?」
「とぼけるな!」
「いや、とぼけてはないんだけど……」
ま、いいかと即座に興味をなくすリーリス。目の前の少年とのやり取りよりも楽しいイベントが目前にあるのだから、無理して付き合う必要もない。
「――
リーリスの手から閃光が走り、本殿の屋根に当たる。
魔法現象とはいえ、本物の雷。『落雷』は容赦なく木部に火を付け、炎となって本堂を焼いていく。
「あら、あら。早く持ち出さないとご本尊様が燃えてしまうわよ? 私なんかを相手にしている暇なんてあるのかしら?」
「な、なんということを!?」
顕如はリーリスに薙刀を投げつけてから、火の手の回った本堂に入った。
運良く無事だった僧侶たちに素早く指示を飛ばす顕如。
「くそっ! 本尊の避難は間に合わぬ! せめて御影(肖像画)は! 親鸞聖人の御影だけは持ち出すのだ!」
こういう言い方は不謹慎であるが、本願寺にとって本尊である阿弥陀仏像よりも親鸞聖人御影の方が重視されるのだ。大坂の地も親鸞聖人御影が安置されたからこそ本願寺の本山として扱われるようになった。巨大な本尊を持ち出すような余裕はないが、本尊はまた作り直せばいい。
だが、御影だけはそうはいかないのだ。
「あら、あら、生臭坊主でもそういうものを大切にするのね?」
悪魔のように笑いながらリーリスが顕如たちの慌てようを見物していると――雨が降り始めた。
ただの雨ではない。
リーリスの魔法によって着いた火すらも消してしまうほどの豪雨だ。
視界がきかぬほどの雨の中。微塵も濡れることなくその場に佇んでいたリーリスは、心底嬉しそうに東……淀城の方を向いた。
「――あら、来たのね三ちゃん」
私も負けていられないわね。
そう呟いてからリーリスは両腕に雷を走らせた。
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