第628話 笑顔がキモい(娘による火の玉ストレート)


 西洋医学について私の部屋で教えようとしたのだけど、叔父と姪とはいえ男性を部屋に上げるのはマズいと光秀さんに止められた。久しぶりの頭固いお兄ちゃん登場である。


 じゃあ父様に言ってどこか部屋を貸してもらいましょうかと考えた私たちが再び父様のところに戻ると、さっきまではいなかった来客が。


 その来客、なんだかずいぶんとボロボロな格好だ。まるで追っ手から死にものぐるいで逃げてきた直後のような。


 そんなボロボロな男性は私たちの来訪に気がついて――私の姿を見て吃驚仰天していた。どうやらこの美しき見た目に心奪われてしまったらしい。罪な女ね、私。


『心奪われてはいないでしょう』


≪物珍しい『銀髪赤目』に驚いているだけじゃろうな≫


「見た目は山姥だものねー」


 解せぬ。

 というか師匠って『山姥』がどんなものか知っているんですか?


「おぉ、帰蝶に光秀。丁度いいところに来た」


 なんとも人なつっこい笑顔を向けてくる父様。サイトゥー・ドゥ・サァーン。


「…………」


「…………」


「…………」


 その笑顔に薄ら寒いものを感じ、思わずお互いの顔を見合わせてしまう私と光秀さん、稲葉一鉄さんだった。また謀略で誰かの人生を狂わそうとしているらしい。恐ろしい男である。


 そんな恐ろしいハゲマムシが親しげな様子でボロボロの来客を紹介してきた。


「こちら、織田大和守(信友)の重臣であった坂井大膳殿だ。清洲周辺の領地の管理を任されていたほどの人物でな。その才に嫉妬した大和守によって命を狙われ、こうしてここまで逃げ延びてきたのだ」


 はぁはぁ。

 つまり翻訳すると「大和守家を混乱させるために坂井大膳と接触していたのだけど、失敗して坂井大膳が追放されちゃった♪」と言いたいらしい。ポンコツな男である。


『斎藤道三も、』


≪おぬしにだけは、≫


「言われたくないだろうねぇ」


【といいますか翻訳がテキトー過ぎませんか?】


 本職(?)として私の意訳に異議を唱えた自動翻訳ヴァーセットであった。


 そんな私たちのやり取りを知る由もない父様がノリノリで話を進める。


「もはや大和守の専横は目に余る。このまま放置していては隣国美濃にまで混乱が波及しよう。ここはヤツの手から尾張守護・斯波義統殿を救い出し、信頼できる御仁に庇護させるしかあるまい」


 はぁはぁ。

 つまり翻訳すると「大和守をぶち殺して尾張守護・斯波義統を奪取。ここにいる坂井大膳を守護代として意のままに操ってやるぜ!」と言いたいらしい。腹の黒い男である。


『斎藤道三も、』


≪おぬしにだけは、≫


「言われたくないだろうねぇ」


【なるほどこれが『是非も無し』というものですか】


 ちょっと自動翻訳ヴァーセットさんや、余計なことを学ばないように。



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