第19話 戦傷者

 こちらの世界に来てからしばらく経ち。津やさんのお店に足を伸ばすのは日課になりつつあった。

 まぁプリちゃんによると私の部屋に身代わりで残してきたゴーレムが怪しまれているようなので抜け出すのはしばらくお休みし、城下の屋敷で治癒術を教えたあとの小休止という体でお店を利用させてもらっている。


 もちろん光秀さんたちが護衛で付いてきているけれど、別のテーブル(この時代だと食卓かな?)でお茶を飲んでいるから『護衛圧』は低めであり比較的のんびり過ごすことができている。


『いやずっと見つめられていますが。結構な圧力ですが。よくこんな状況でのんびりできますよね』


「ふ、美少女が男性からの視線を独占してしまうのは必然なのさ」


『男性(護衛:道三の指示で既婚者&愛妻家ばかり)ですけどね』


 ちなみに最近は出されたお茶をすぐに飲むことができるけど、初めて連れてきたときは毒味だなんだと騒がしかった。まぁ『私は毒程度では死にません』と言って納得させたけど。


『納得してしまえるあたり光秀さんたちも主様の非常識さに慣れてきてしまいましたね。お可哀想に』


 なぜ同情されるのか。


 首をかしげつつも今度毒検知の魔導具でも作ろうかなと考える私だった。父様は色々な人から恨まれているから必要だろう。

 魔導具の“核”となる魔石はアイテムボックスに在庫があるから父様用にはそれを使うとして、もしも量産するならどこかから魔石を採取しなければならないかな。


 魔石とは簡単に説明すると『空気中や土中の魔素を吸収した石』なので、空気中に魔素が含まれているこの世界でも存在すると思う。


 ……というか、前世にあったいわゆるパワーストーンは(石の中にため込まれた魔素によって)何らかの魔法現象を起こしている可能性がある。魔力を操れる人間がいないから『何か効果がある気がする』で終わっているけれど、ちゃんと使えば立派な魔石として使えるはず。


 次に家宗さんと会ったら宝石とか鉱石を集めてもらおうかな。この時代でももう南蛮人はやって来ているみたいだし、うまくすれば海外製のパワーストーンも手に入るだろう。





 今日は父様が悪巧み――じゃなかった、評定(会議)があるので稲葉山城を留守にしている。基本的に用事のある人は稲葉山城に来るのでかなり珍しい。

 つまり、いつもは午前中で城に戻るところを今日は午後まで遊んで――じゃなかった、道三の娘としての視察に費やすことができるのだ。


『その胡散臭い取り繕いは必須なのですか?』


 建前は大切。古事記にもそう書いてある。


 お茶を飲み終わった光秀さんたちは『そろそろ戻りませんか?』と視線やら態度やらで示してきたけど私はまったく、微塵も、これっぽっちも気づかなかった。残念だね。


『こういうことでストレスがたまって本能寺の変に繋がるのですね』


 縁起の悪いことは言わないで欲しい。私と光秀さん、マブダチだから。無茶ぶりは信頼の証。多少迷惑を掛けても『帰蝶はしょうがないなぁ』と笑って許してくれるから。


『信長もそう思っていたのでしょうね』


 縁起の悪い以下略。


 私がプリちゃんといつも通り過ぎるやり取りをしていると、店の奥の方からコンコンと音が響いてきた。誰かが裏口をノックしたらしい。なにやら音の響いている場所が不自然なまでに低いような?


「ちょいとごめんよ」


 津やさんがそう断りを入れてから裏口へと向かう。何とはなしに眺めていると裏口が開けられ、扉の先には痩せこけた男性が座っていた。


 そう、座って。

 正確に言えば立つことができずに座り込んでいた。


 戦国時代の庶民はボロを着ていることが多いけど、その男は戦国時代からしてみてもボロボロの服を着ていた。服と言うよりはボロ布を着ていると表現した方がいいかもしれない。


 髪の毛は乱雑に肩口まで伸ばされ、しばらく洗っていないのか脂ぎっていた。

 疲れからか目元は窪み、唇は荒れ、髭もだらしなく伸ばされている。


 そして。

 下半身。

 右足がなかった。


 傷口には乱雑に古布が巻かれ、しばらく交換していないのか黒ずんだ血で染められていた。奇跡的に破傷風にはなっていないみたいだけどいつ傷口から細菌が感染しても不思議ではない。


 見ていられなくなった私は立ち上がり、男の元へと歩み寄った。当然のように光秀さんたちも付いてくる。


 近づいてくる私を見て戸惑う片足の男性の様子はあえて無視して、傷口に治癒魔法を掛ける。

 治癒魔法は時間系。時間を巻き戻して傷を治療する。

 だからこそ、腕を失ったりした場合は回復させることができない。『失われた腕』と『治った腕』の両方が存在したことになるから、という理屈らしい。切れた腕が残っていればくっつけられる=繋がっていた時間まで巻き戻せるのだけどね。失われてしまうとダメなのだ。


 でも、それは時間を巻き戻す場合の話。

 逆に、傷口の時間を早めて・・・・・・、傷口がふさがったという状況に持って行くことは可能だ。失われた腕は戻らないけど、傷口が膿んだりすることもなくなる。


 ただし、時を早めて『傷口が無事にふさがる未来』に繋がれば問題はないけれど、『感染症を引き起こした未来』に繋がってしまう可能性もある。慣れてくれば自分の意志で選べるようになるとはいえ、逆に言うと経験を積まないとどちらの未来に転ぶか分からない。


 光秀さんたちにはもう少し経験を積ませてから『時を進める』治癒魔法を教えようと考えている。


 それはともかく今は治療だ。私は聖魔法で時間を進め、きちんと『傷口がふさがる未来』へと誘導した。


「い、痛みが……?」


 苦痛が消えたせいか片足の男が傷口(だった場所)に巻かれていた古布を取り外した。つるつる、とまではいかないものの完全にふさがっていることは目視しただけで分かる。


 彼の傷口を観察していると、着物の裾が不自然なほどに擦りきれていることに気がついた。


 どうやら彼は這いずるようにして移動しているらしい。たしか山本勘助は義足だったと言うから、この時代にも義足はあるのだろう。付けていないのは経済的な理由かな? いかにも困窮していそうだし。


『山本勘助は足が不自由だったとされていますが、義足かどうかはイマイチハッキリしませんね』


 夢が壊された気分だ。片目義足の軍師とか超格好いいのに。


『はぁ……。義足とは意外と手間のかかるものですからね。切断面に被せるソケット式は長時間の使用で痛みや蒸れがありますし、切断面も意外と形状変化するようですから。戦国時代の人間にとっては『贅沢品』でしょう』


 義足にまで詳しいのか。凄いなプリちゃん。


 この時代は戦傷者とか多そうだし、試しに義足を作ってみようかなぁと考えていると、津やさんの夫・平助さん(通称:助平すけべぇさん)が大きめのお皿に料理を載せてやって来た。


 いや料理と表現していいのかどうかは微妙なところか。野菜の皮や茎、葉っぱなどをごちゃ混ぜにして煮込んだだけのように見える。その脇に添えられているのはわずかばかりの雑穀米。


 片足の男性がその料理を手づかみで食べている様子を眺めながら、私は津やさんの側に移動する。

 困ったように笑いながら津やさんが片足の男性について教えてくれた。


「私の兄の子供なんだが、去年の尾張との戦で足を失ってね。見捨てるのは忍びないからこうしてお昼に残り物を渡しているんだ。ちゃんとした料理じゃないのが心苦しいけどね」


「……いえいえ、庶民にとって野菜は貴重品と聞きます。本来なら野菜の皮や葉も一緒に使うべきところを、わざわざ彼のために残しているのでしょう? しかもお米までありますし、津やさんの優しさを感じられる『料理』ですよ」


「……そう言われるとなんだかくすぐったいね」


 苦笑する津やさん。その目元はいつもより垂れ下がっている気がする。


 しかし、尾張との戦か。

 ということは斎藤家か美濃のために戦ってくれたわけであり。このまま放っておくのも忍びないというのが正直なところ。私だって一応は『美濃の斎藤道三の娘』であるわけだし。


『斎藤家や美濃のためなどという『大義』で戦っている足軽や雑兵などごく少数なのでは?』


 プリちゃんのツッコミは都合良く聞こえなかった。不思議だねー。


 片足の男性が食べ終わる頃合いを見計らい、私は彼に声を掛けた。


「へい、そこのイケメンさん」


「は? いけめん?」


 首をかしげる片足男さん。


「あなた、名前は?」


「え? あ……太助です」


「太助さんね。どうです? うちで働きません?」


「……へ?」


「仕事は未定! 給金は永楽銭! 何だったら毎回の食事も付けちゃうよ!」


 私の誘いに反応したのは太助さんではなく、光秀さんだった。太助さんに聞こえないようそっと耳打ちしてくる。


「帰蝶様。いけません」


 光秀さんは仕事中(護衛や小姓をやっているとき)は私を様付けで呼んでくるし敬語を使ってくる。


「え~? いいじゃん別に。ちゃんと私のポケットマネー――自腹で払うからさ」


「一人を救えば、他の人間が集まってきます。彼を救ったのだから自分も救ってくれと。腕や足を失い働けなくなった戦傷者がどれだけの数になるかなど予想すらできません。彼らをすべて救う覚悟がないのなら、止めなさい」


 この時代には廃兵院なんてないだろうし、障害年金もないはず。常識から考えて戦傷者を救うことなんてありえないのだろう。


 そもそも健常な人間すら餓死しかねないのがこの時代だ。働ける人間を優先させ、戦傷者を切り捨ててしまうのは致し方ないのかもしれない。


 まぁでも。何とかなるんじゃないのかな?

 たとえ何とかならなくても、その時は何とかすればいい・・・・・・・・だけのこと。


 だって、ここでこうして出会ったからには“縁”があるはずなのだから。その縁は大切にしないとね。


「光秀さん。あなたには私の師匠の言葉を贈りましょう」


「……なんですか?」


「難しいことは明日考えればいい!」


「……明日になっても問題は解決しないが?」


 敬語が吹き飛んでいますわよ光秀さん。


「師匠はこうも言っていました。明日になれば、見かねた誰かが助けてくれるかもしれない」


 ちなみに師匠の言う『見かねた誰か』とはだいたい私のことだった。解せぬ。


「……叶うことなら、帰蝶の師匠とはじっっっくりとお話をしたいものだね」


「止めた方がいいですね。私程度にすら振り回されているのですから、師匠を相手にしたら精神が崩壊しますよ?」


「一体どんな師匠――帰蝶? こちらを振り回しているという自覚はあるのか?」


「自覚しているからこそ自重もしているのですよ?」


「できればもう少し、いやもっと自重して欲しいのだがな……」


 光秀さんは深い深いため息と共にすべてを諦めたらしい。彼が諦めればもはや抵抗する人間もいないので、片足の太助さんは私が雇うことになった。


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