第43話 側室?




『やはり主様には純真無垢な少年を堕落させる趣味があるのでは?』


 人聞きが悪すぎである。どうしたいきなり?


『……後に基督教の洗礼を受けた小西隆佐は、宣教師保護において重要な役割を果たします。京都を追放されたルイス・フロイスたちを避難させたり、織田信長との面会にも同行したとされます。他にも護衛をしたり使者となったりと幅広く活躍していますね』


 ほー。ルイス・フロイス。私でも知ってる。『日本史』を書き残した人だね。私も『信長史』を執筆するしかないかしら?


『数少ない味方、しかも豪商(金持ち)がいなくなるのですから宣教活動に多大なる影響がありそうですね』


 といっても一人いなくなるだけでしょう? 海を越えてやって来る根性があるんだから大丈夫だいじょーぶ。知らんけど。


『……もはや、基督教にとっての“魔女”そのものなのでは?』


 火あぶりは勘弁してください。





 墨俣に着いた。

 長良川はお城からも見えていたけれど、近くで見ると本当にでっかい川だった。

 船着き場に準備されていたのは大きめの舟。江戸時代の浮世絵に描かれているような帆付きの和船だ。


 そう、和船。

 私は、気づいてしまった。


「なんてことだ……。プリちゃん、私は自分の失態に気づいてしまったよ」


『はぁ、なんだかどうでもいい予感がしますが、どうしたんですか?』


「戦国時代、そして信長と来れば――鉄甲船じゃないか! くぅ自他共に認める軍艦オタクがすっかり忘れていただなんて!」


『はぁ、』


「やっぱり鉄甲船と言ったら鉄張りか否かの論争だよね。でもまぁ当時の資料である多聞院日記に『鉄の船なり』と明記されているんだから鉄張りだよねきっと。6隻分もの鉄をどこから用意したんだとか、薄い鉄板を大量生産できたのかとかの反論もあるけど、反論するなら『鉄の船じゃなかったよ』って書いてある資料をもってこいって話だよね!(個人の意見です)江戸幕府が建造した船の銅板張りの厚さは3ミリらしいから、鉄甲船もそのくらいの厚さかな? まぁオルガンチノの報告書や信長公記には鉄張りの記述がないのがちょっと不安だけど、ここは鉄張りがあったと考えるべきだと思うんだよ。だって第二次木津川口の戦いの戦闘記録を読むと村上水軍の多数の小型艦(小早船?)が突撃したのに鉄甲船を一隻も炎上させることができなかったのだから。無数の焙烙玉による攻撃を受けても炎上しない対策が施されていたのだと考えなければ歴史的事実の否定になってしまうわけで。焙烙玉に『爆発力より燃焼力を重視して調合された火薬』が使われていたと仮定した場合、それを防げる可能性が最も高い材質は鉄であって――」


『はぁ、』


 たった2.5文字で軍オタの主張がぶった切られてしまった。解せぬ。


 まぁ鉄甲船はあとで建造するとして。さっそく用意された船に近づいて家宗さんたちの商材を積み込む私たちである。……手伝おうとしたら光秀さんに止められたから見ているだけだったけどね。ゴーレム使えばすぐ終わるのにー。


 船旅は順調に進んでいった。そりゃあもう順調すぎて不安になるほどに。だって前の世界だったらここでモンスターの一匹でも飛び出してくる場面パターンなんだもの。


『戦国時代で出てきそうなのは……河童とか?』


 頭の皿割ったら戦闘不能にできる程度じゃ歯ごたえがないわねぇ。


 そんなやり取りをしているうちに舟は国境を越え、尾張に入った。


「おー、すっごい。見渡す限り真っ平ら」


 開墾したらどれだけの米が採れるやら。あー、用水路作りたい。農業用水を張り巡らせたい。


『どういう性癖ですか?』


 農業用水を作りたい性癖ってなんやねん。


『ところで、そろそろ信長の居城である那古野城が見える頃ですね』


「あ、そうなんだ? じゃあちょっと寄ってこようかしら? 三ちゃんに『もうすぐつくよ~』とお手紙だしてーっと」


 こんなこともあろうかと準備しておいた手紙を使い魔に運んでもらう。すると、光秀さんが少し怖い声を出した。


「帰蝶? ちょっと寄ってくるとは、どこに行く気だ?」


「えぇちょっと那古野城まで」


「……尾張とは和睦の話が持ち上がっているとはいえ、まだ敵国なのだぞ? しかも、那古野城といえば城主があの有名な『うつけ』で――」


「大丈夫、そこまでうつけじゃないですから」


「…………帰蝶? その口ぶり、よもや織田三郎信長を知っているのか?」


「よく知ってますよ未来の夫ですから」


「「夫ぉ!?」」


 光秀さんと、なぜか生駒家宗さんが驚愕の声を上げた。あれ光秀さんの反応は予想していたけれど、なぜ家宗さんまで……?


「光秀さん。父様と織田信秀(信長の父)の和睦の証として、私が信秀の嫡男に嫁ぐ。そういう話になっているはずでしょう?」


 たしかプリちゃんがそう言っていたような気がする。

 しかしプリちゃん本人が否定した。


『いえ、この世界の『帰蝶』は最近まで行方不明だったわけでして。美濃と尾張で話がまとまっている可能性は低いかと』


 この世界は『史実』と色々違いすぎない?

 しかしプリちゃんの指摘は他の人には聞こえないわけであり。


「そ、そんなことお館様は一度も……いやしかしお館様であるしな……」


 と、光秀さん。


「な、なんと……知らぬこととはいえ、何という無礼を……」


 と、家宗さん。

 光秀さんは初耳で混乱しているだけだとは思うけど、家宗さんはどうしたんだろう?


 私が疑惑の目を向けると家宗さんは観念したとばかりに白状した。


「じ、実は、信長様の側室に是非うちの娘を、という話を信秀様と進めていた最中でして」


 なんですとー?


 私が驚いているとプリちゃんが(見た目は光の球だけど)首をかしげていた。


『はて? 信長と生駒吉乃との結婚はまだ先のはずですが……。そもそもこの頃の吉乃は別の男性と結婚している可能性が高いですし』


 なんやそれ滅茶苦茶やん。というか正室(帰蝶)と結婚する前に側室と結婚させるつもりなの?


『先に側室と結婚する事例は結構ありますので。浅井長政も市と結婚する前に子供が生まれていますし。……ふむ、織田弾正忠家の御用商人になるために娘を嫁がせようとしたのなら話は通りますか。しかし生駒家宗は犬山城主・織田信清に属していたはずで――つまり信清から信秀・信長に鞍替えしようとして――となると武器商人が味方になるのですから尾張統一も早まることに――』


 プリちゃんが長考に入ってしまったので、ガクガク震える家宗さんに微笑みかける。


「まぁ、三ちゃんは立場的に子供を多く残さなきゃいけないですし、しょうがないのでは?」


 嫡男の信忠も側室の子供らしいし。とは、未来のことなので黙っておくけれど。


 というか、

 三ちゃんの魅力ならば女の方から寄ってくるだろうしね! ハーレム作ってもしょうがないわよね! だって三ちゃん素敵だもの! だから気にしなくていいですよ家宗さん!


 と、私が正室 (予定)としての心の広さを発揮していると、


「は、はぁ、さようでございますか」


 なぜか家宗さんからはドン引きされ、


『……恋は盲目とはいえ、盲目過ぎやしませんか?』


 なぜかプリちゃんから呆れられてしまう私だった。解せぬ。




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