第12話 生駒 家宗


 お父様が商人から屋敷を買い取ったらしい。光秀さんによると私が治癒術を教えるための『小屋』として使わせるつもりだとか。


「光秀さん。美濃国では商人の屋敷を『小屋』と呼ぶ習慣でもあるのですか?」


「……そんなわけないだろう?」


 光秀さんも呆れ顔だった。いや父様に『仕事の遅い男性は嫌いです』と言い放ったのは私だけど、まさか屋敷を買い取るとは……。


 まぁしかし買ってしまったものはしょうがない。私は光秀さんや数人の護衛を伴って稲葉山城の城下に行き、その『小屋』を見学することにした。





「お~、時代劇」


 城下町の大通りで思わず声を漏らしてしまった私である。舗装されていない道に平屋建ての建物。地味めな和服を着た人たちが歩いている。

 屋根はもちろん瓦などではない板葺きで、重しのためか石が等間隔に乗せられている。壁も木の板ですきま風が凄そうだ。


「じだいげき?」


「お気になさらず。独り言です」


 光秀さんの背中を押して『小屋』への案内を促す。ちなみに歩きづらいので今日の服装は和服ではなく、元の世界で着ていた洋服(っぽい服)だ。ブレザー型の上着とロングスカート、そして金糸の刺繍が入った漆黒のローブという魔術師の正装。そのせいか道行く人の視線を絶賛独占中な私である。


『格好もそうですが、何よりも銀髪赤目だからなのでは?』


「なるほど、私の美貌に目を奪われていると? まさしく10人いれば10人が振り向く美少女だと?」


『美少女というより珍獣扱いでは?』


「ひど!?」


 そんなやり取りをしているうちに目的地へと到着。先ほど見た建物とは打って変わった立派な屋敷だ。周囲は土壁で覆われ、かなり広い庭付き。驚くべきことに瓦葺きだ。元所有者の羽振りの良さが察せられるというもの。


 屋敷では複数の人が忙しく動き回っていた。どうやら家財道具や荷物などを運び出しているらしい。いかにもな引っ越し風景だ。


 そんな引っ越し作業の陣頭指揮をしていた男性が私たちに気づいた。私を見て少し驚いた顔をしたあと、商人らしい笑顔を貼り付けてこちらに近づいてくる。


 白髪の交じった髪や深く刻まれた皺などから高齢であることは間違いないはずなのだけど、真っ直ぐに伸ばされた背筋や淀みない歩みによってどこか若々しさすら感じられた。


「これは明智様。本日はどのようなご用件で?」


 しゃんと伸ばしていた背を曲げ、いかにも商人と行った態度で光秀さんに挨拶をする。この時代にも『揉み手』ってやっていたんだね。


「いやなに、帰蝶様が屋敷の様子を見たいとおっしゃってな」


 光秀さんは(いとこだからか)いつもは名前を呼び捨てにしているのだけど、他人の目があるせいか今日は『様付け』だった。


「おぉ、そうでありましたか。お初にお目にかかります姫様。わたくし、馬借を営んでおります生駒 家宗でございます。姫様におかれましては――」


 家宗さんがよいしょよいしょしている間にプリちゃんが解説してくれる。


『馬借とは馬を貸す――つまりは輸送業ですね』


(なるほどつまりクロネコヤ○ト)


『だいぶ違いますが、まぁいいでしょう。しかし、生駒家宗ですか。資料によっては馬借を営んでいたとかやっていなかったとか馬借の護衛をやっていたとか伝わる人ですね』


(歴史って曖昧だなぁ)


『そして馬借と同時に商人もやっていた説があります。灰や油、あるいは武器弾薬。その商圏は尾張三河から飛騨にまで至ったとされています。もちろんここ美濃国も商圏ですね』


(ほうほう? じゃあ鉄砲とか買えるかな?)


『お金はあるのですか? 鉄砲は1挺60万円とか250万円とかしたとされていますが。ちなみに種子島にやって来た際は1挺1億円ですね』


(むぅ、元の世界の金貨はあるから……まずは両替商を捕まえないとか)


『そもそも鉄砲を買ってどうするのですか、というツッコミはした方がいいですか?』


(HAHAHA, 装備系の軍オタが貴重な戦国時代の、本物の鉄砲を手に入れられるチャンスをみすみす逃すとでも?)


『……ですよねー』


(そもそも戦国時代には日本国内に何十万という鉄砲が存在したと言われているのに、はっきりと戦国時代に作られたと断言できるものは意外と少なくてね――)


『あ、解説は結構です。興味ないので』


(ひどい!? というか百科事典プリニウスなのに知識への興味がないのっていいの!? あいでんててーが崩壊しない!?)


『アイデンティティーですね。見た目外国人なのですからそれくらい発音してください』


 プリちゃんのツッコミとほぼ同時に家宗さんの『よいしょ』も終わりを告げた。

 そんな彼に対して微笑みかける。猫を三匹くらい被りながら。


「生駒様。今回は父様が無理強いしたようで申し訳ありません」


 ほんとは頭を下げたいのだけど、姫様というのはそう簡単に頭を下げちゃいけないらしい。


「いえいえ、結構ですよ。こちらはあくまで別邸ですから。代金もいただきましたしね」


 話を聞くとこの屋敷は美濃や飛騨方面で商取引をする際に拠点として使う屋敷だったらしい。父の代に見栄を張って大きな屋敷を作ったはいいがそれほど使わない上に維持費もかかるのでもう少し小さな屋敷にするかと考えていた矢先に父様(道三)から話があったのだとか。


 そういうことなら気にしなくていいかぁと考えつつ、私はふと思いついて服の袖に手を突っ込んだ。そのままアイテムボックスに接続し、国王陛下から大量にもらった金貨のうち一枚を取り出す。

 わざわざ一度袖に腕を突っ込んでからアイテムボックスに接続したのは、空中から取り出すと無駄に驚かせてしまうから。父様や光秀さんの反応から学んだのだ。


 と、わざわざ驚かせないよう気を遣ったのに、差し出された金貨を見て家宗様は絶句していた。


「ひ、姫様、この金は一体?」


「えぇ、生駒様は両替商の知り合いはいないかと思いまして」


「りょうがえしょう?」



『この時代は金屋や銀屋、替銭屋と言った方が伝わりやすいかもしれません』



「あ~、ええっとですね。この金貨を永楽銭に交換したいのですが、そのような商いをしている知り合いはいますか?」


「き、金貨とは噂に聞く甲州金のようなものでしょうか? て、手にとって確認してみてもいいですか?」


「どうぞ」


 家宗さんは冷や汗を流しながら金貨を受け取り、まるで国宝を取り扱うかのような慎重さで金貨を観察していた。


「し、失礼ですがこの金――金貨ですか。どちらで手に入れられたので?」


「母から譲り受けたものですわ。生国で使われていたお金であるとか」


「なるほど……」


 私の顔を数秒見つめてから納得する家宗さんだった。ホリの深さから母親が外国人であると察したらしい。


 家宗さんは慌てた様子で『爺を呼べ!』と近くにいた人間に指示した。しばらくして家宗さんよりさらに白髪の多い老人がやって来る。


 爺と呼ばれた男性に金貨を見せ、なにやらひそひそ話をはじめる家宗さん。はて? そんなに慌てるものだろうか? 金貨は貴重だけど、それでも日本円で5万円程度の価値だったはず。庶民ならともかくこれだけ大きな屋敷を買える商家なら驚くほどでは無いと思うのに……。


『……元の世界ではどこかの誰かさんが金相場を暴落させましたからね』


(はっはっは、一体どこの超絶美少女のことだろうねー)


『ちなみにあの金貨は純度も高いですし、貴金属としての価値では20万円を越えるのでは? 1文を100円として換算すると2貫文ですか』


(わぁお、ほんとに元の世界だと金価格が暴落していたんだねー)


『誰かさんのせいで、ですね』


 相談が終わったのか家宗さんが値段を提示してきた。


「そうですね、こちらにお売りいただけるのでしたら4貫文でいかがでしょう?」


「……4貫ですか?」


 プリちゃん鑑定だと2貫なのに? 2倍ですよ2倍。

 私としては『高すぎじゃない? 大丈夫?』という意味での疑問だったのに、家宗さんは逆の意味に受け取ったらしい。


「では、4貫と500文――いえ、5貫文で!」


 なんだかこのままだとどんどん値段がつり上がっていくような気がする。


「あの、価値的には2貫文くらいだと思うのですが?」


「!? さ、さすがは姫様。ご慧眼感服いたします。えぇ、確かに金の重さで見れば2貫程度だと思うのですが、何よりこれは細工が美しいですからな。2倍3倍の値を付けても惜しくはありません」



『あちらの世界は数百年に及ぶ金貨製造の歴史ノウハウがありますから。レリーフが芸術と見なされても不思議じゃないのかもしれません。比較対象になり得る甲州金はさほどの装飾は施されていませんし』



 う~ん……。ちょっとした罪悪感。美術品としての価値も大量に流通したら低くなるだろうし、私のアイテムボックスには価値を低くできるほどの金貨が眠っているのだ。


「……では、2貫文でいいですわ」


「へ!? いえ、そういうわけには……」


「金貨はまだまだありますから。あまり高く売ってしまうと罪悪感があります。あとは屋敷を無理やり買い上げてしまった罪滅ぼしといったところでしょうか?」


「し、しかし……」


「代わりと言っては何ですが、欲しいものがあります。まだこの国では入手も難しいと思いますが、手に入れてはもらえませんか? もちろん代金は別にお支払いします」


「そ、その商品とは?」


「――火縄銃を3挺。それと弾薬を」



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