第633話 意訳


「なんだかずいぶんと入院患者がいるわね?」


 千代さんに質問する私。

 この時代に『入院患者』なんて言葉はないかもしれないけど、自動翻訳ヴァーセットが頑張ってくれたのか千代さんも理解してくれたみたい。


「えぇ、私たちの力では彼らの病を癒やすことができず……。こうして養生院で寝かせ、病状の回復を待っているのです。帰蝶様の許可も取らずに勝手なことをして申し訳ありません」


「いやそのくらいはいいんだけど……」


 治療できなかった? 千代さんが? この子、治癒術士としてはかなりのレベルにあるはずなんだけど。そりゃあもう全力でやれば致命傷でも完治できるくらいに。


『あなたを見ていると感覚が麻痺しますが、致命傷を癒やせるほどの治癒術士は王や高位貴族が囲い込みますからね。下手な下級貴族よりも丁重に扱われるでしょう』


 その『あなたを見ていると感覚が麻痺しますが』という前置きは必要なんですかね?


「ん~? 千代さんが治せないと? んなバカな。ちょっと治癒術を使ってみせてくれませんか?」


「は、はい! 帰蝶様にご覧に入れるほどのものではありませんが、全力で事に当たらせていただきます!」


 うおぉおぉおおおっ、とばかりに瞳を燃やしながら入院患者の横に座り、治癒術をかけ始めた千代さん。


 ほうほう。

 術の起動は速いし、効率的に魔力を使っている。適切に患部に当てればすぐさま癒やすことができるでしょう。


 ……そう、適切に当てることができれば。


 今の千代さんは患者のどこが悪いのか理解できず、患者の肉体すべてに術を掛けていた。そんなことをやっていてはせっかく効率的に操っている術が薄まってしまうし、治せるものも治せなくなってしまう。


 例えるなら顎先に右ストレートを叩き込めばノックダウンできるのに、ジャブばかり当てているせいで倒せない、的な?


『分かり易いような、分かりにくいような例え……』


 これほど分かり易いというのに。解せぬ。


 でも、そっか。千代さんって鑑定眼アプレイゼルを鍛えていないものね。まだまだ病状に関する知識も薄いだろうし、見ただけで患部が分かる外傷以外では手当たり次第に治癒術を当てるしかないと。鑑定眼アプレイゼルを持っていない人がほとんどだし、内臓疾患の治療は今後の課題ね。


『鍛えていないということは……持っているんですか? 千代さん。鑑定眼アプレイゼルを……?』


 あれ? 言ってなかったっけ?


『……ポンコツ』


 まるで『何でコイツは余計なボケばかり口にして肝心な情報を教えないのか。過剰な秘密主義は父親である斎藤道三の悪いところを受け継いでしまったみたいですね。まったく救いようのないポンコツ腹黒女ですよ』とでも言いたげなプリちゃんであった。解せぬ。


【それはさすがに意訳が過ぎるのでは?】


 翻訳にうるさい自動翻訳ヴァーセットであった。



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