第667話 閑話 信勝の決断


 続々と末森城に兵が集まってくる。

 もちろん信長の母衣衆に比べれば時間が掛かっているが、これは逆に信長が速すぎるだけと言えよう。この時代、軍の召集とは相応に時間が掛かるものなのだ。


 すでに甲冑を着込んだ信秀の元に、各地からの報告が上がってくる。


「信光様、兵を集め次第清洲城に向かうとのこと!」


「よぅし! 清洲までは別行動となるからな! 連絡を密にせよ!」


 はは!


 現在信光は本来の居城を離れ、伊勢長島の長島城を統治している。まだまだ本願寺から鞍替えしたばかりの連中なので留守中の信頼は置けないはずだが、それでも兵を清洲城に向かわせる決断をしてくれたようだ。


「信清様! 清洲城には直接向かうとのこと!」


「であるか!」


 信秀の甥である信清が居城とする犬山城からは、陸路で末森城に合流・清洲城を目指すよりも川を使って直接移動した方が遙かに早い。だからこそ不自然な点はないのだが……信秀に対する反発を感じてしまうのは、信秀に負い目があるからだろうか?


 去年。美濃との戦で、信清の父であり信秀の弟でもある織田信康が討ち死にした。兄である信秀を逃がすために囮となったのだ。


 それ以来信清は何かにつけて信秀に反発しているし、信秀も、負い目から強く出られずにいた。


(なんとか時間を作り、話ができないものか……)


 甥に対して、家族に対してはどこまでも甘い信秀であった。





「権六! 権六!」


 末森城で暮らす信勝(信長弟)は柴田勝家(通称・権六)を探していた。


「はっ、若君。いかがなされました?」


「権六! わしも出陣するぞ!」


「な、なんと!?」


 兄信長を『知』で支えると決意した信勝は最近著しく成長していた。だが、それでもまだまだ少年。初陣を迎えるには少し早いし、初陣が信友攻めというのも危険だ。


 こういう初陣というのは一部の例外を除き、あまり危険のない戦を選んで執り行われるものなのだ。場合によっては相手方に通告をすることもある。兄である信長も、初陣では敵城周辺を焼き払っただけで撤退しているほどだ。


 それを、尾張の今後を決める大戦おおいくさで迎えるなど……。


「わ、若様。どうかご再考を。此度の戦、あまりに危険で御座います」


「兄上はすでに清洲城に向かったというのだぞ!? ここで援軍に行かず何が弟か! そんな弟を誰が信頼するというのだ!?」


「わ、若様……っ! そこまでのお覚悟であられたとは!」


 良くも悪くも単純で人のいい柴田勝家は、それはもう感激・感銘・感極まっていた。


「委細承知! 拙者からも大殿(信秀)に頼んでみましょう!」


 肝心の信勝を置いて、ずんずんと信秀の元へ向かう柴田勝家であった。




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