第334話 閑話 織田信友(尾張は織田信〇が多すぎやねん)


 織田大和守信友の悩みは尽きない。


 当主になった頃は、まだマシだった。織田信秀(信長父)は一応家臣としての礼を尽くしていたし、武衛(斯波義統)も大人しくしていた。このまま何事もなく守護代として過ごし、実質的な尾張国主として振る舞えればよかった。


 だというのに。


「殿!? 何故で御座いますか!?」


 頭を悩ませる原因の一人、坂井大膳が激高する。


 信頼して兵を預け、那古野城攻めを任せたというのに……。この男はその兵のほとんどを失っただけでなく、坂井甚介まで戦死させてしまった。


 それを悔いるでもなく斎藤道三に丸め込まれ、同盟の話を持ってくるなど……。


 あの男が信頼できるものか。

 主君である美濃守護の弟を毒殺し、守護本人すら追放するような男が、他国の守護代を頼りにするはずがない。


 なぜそのようなことも分からないのか。


 そう思う信友は、察する。

 坂井大膳もまた、同じことを考えているだろうと。


 お互いにお互いを理解力のない者と侮る。


 もはや、二人の間に信頼関係など存在しなかった。


 信友の悩みは尽きない。


 重臣である坂井甚介が戦死し、坂井大膳が反目した今。仕事が滞り各所に遅れが出始めている。


 信友の悩みは尽きない。


 家臣であるはずの織田信秀は二度までも今川義元を打ち破り、三河に確かな足場を築こうとしている。


 信友の悩みは尽きない。



「――弾正忠は、また活躍したそうじゃの?」



「はっ、そのようで」


 守護代である信友が深々と頭を下げる男。


 武衛。

 尾張守護。

 斯波義統。


 信友の傀儡であるはずのこの男は、同情するかのような目で信友を見下している。


「重畳、重畳。このまま今川めに奪われた遠江を奪還して欲しいものよな」


「はっ、まことにその通りで」


 腹に怒りを忍ばせながら。信友は恭しく頭を垂れる。


 その態度が気にくわないのか、ふん、と義統が鼻を鳴らす。


「信秀の活躍、まことに見事。これは余からも褒美を与えなければならぬな」


「は、褒美、で御座いますか?」


 実質的な力関係はともかく、織田信秀は織田信友の家臣である。


 となれば、信友の主君である斯波義統の家臣でもあると考えがちであるが、ことはそう簡単なものではない。


 臣下の臣下は、臣下ではない。


 家臣の家臣は、家臣ではないのだ。


 斯波義統は(名目上は)信秀への命令権を持たないし、信秀も(実際に断れるかどうかはともかく)義統からの命令を聞く義務はない。


 陪臣、あるいは又家来と呼ばれる存在。斯波義統は織田信秀の主君ではないし、主君面をしては本来の主君である信友の面目を潰すことになる。


 それを知りながら、陪臣である信秀に褒美を与えるなど……。


 異を唱えたい信友であるが、遠江の奪還は先代からの斯波家の悲願。それに一歩近づいた信秀を直接褒め称えたいという『守護』の想いを無下にするわけには……。


「うむ。聞くところによると、信秀の息子は那古野に巨大なる城を築いておるとか。考えてみれば那古野城は憎き今川から奪った城。一度は訪れるのもいいかもしれぬな」


「…………」


 信友の悩みは尽きそうもない。


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