第21話 薬商人
人を養うにはお金が必要だ。
私はかなり有能 (自画自賛)だから前の世界で国王陛下からもらった金貨を使ってもいいし、手っ取り早く錬金術で金を作ってもいい。
ただ、いくら有り余っているとはいえ金貨はいつか底を突くし、錬金術をやり過ぎると(あのときみたいに)金相場が暴落してしまう。近いうちに定期的な収入が得られるよう考えないといけないだろう。
でも、今は緊急時なので遠慮なく金貨を使うことにした。
まずは永楽銭に換金しないといけないので、堺まで行った生駒家宗さんが戻ってくるのを待つか他の商人に両替してもらうしかないだろう。
最近は(家宗さんがいなかったので)他の商人とも付き合いがあるし、信頼できる人に金貨を両替してもらうのもいいかもしれない。
そんなことを考えているとタイミング良く家宗さんが尋ねてきた。
◇
生駒さんは二人の男性を伴っていた。服装からしてたぶん商人だろう。
一人はまだ元服を迎えたかどうかくらいの少年。なにやら私を見て目を輝かせている。
もう一人は二十代後半くらいに見える男性。まだ若いのに数々の修羅場をくぐり抜けたかのような威圧感がある。服装は商人なのに武人っぽい。細長い桐箱を携えているのがちょっと気になるね。
家宗さんはまず少年の方を紹介してくれた。
「帰蝶様。こちらは堺で薬種問屋を営んでいる小西弥左衛門殿のご子息、隆佐殿です」
「お初にお目にかかります!
隆佐君の挨拶を聞いてプリちゃんが少し驚いている。
『……小西行長の父親ですね。行長は父親が薬種問屋を営んでいたとされていましたが、どうやら祖父も携わっていたようですね』
小西行長。私でも知ってるキリシタン大名だ。
『記録の上ではまだキリシタンではありませんが、後に妻や息子(小西行長)と同様に入信することとなります』
言い方は悪いかもしれないけど、神様とかよく信じそうな子だ。
元気いっぱいな隆佐君の様子に苦笑しつつ家宗さんが話を進める。
「実は帰蝶様の薬を『小西党』が大変お気に召しておりましてな。これから末永いお付き合いを、とやって来たのです」
小西党というのは薬種業を生業とする一族らしい。生薬の収集販売や薬の販売まで手がけているのだとか。
「はぁ、薬を買っていただけるのは嬉しいですが……家宗さんのところでぜひ専売をという話じゃなかったでしたっけ?」
いや私は誰に売ってもいいのだけど、家宗さんからしてみれば将来の利権を手放すようなものだ。
「ははは、帰蝶様の希望される薬草は特殊なものが多くてですな、うちだけで集めきるのは難しいのですよ。薬の販路も堺から西は小西党の方が広いですし、だったら堺以西(西国)は任せてしまった方がいいと思いましてな」
「なるほど」
私が納得していると隆佐君がずいっと身を乗り出してきた。
「帰蝶様の薬は大変効果が高く父も驚いておりました! ぜひ末永くお取引させていただきたく!」
そう言って一枚の紙を差し出してくる。薬の名前と買い取り額だ。私が想定していたものより2~3倍高い。送料こちら持ちでも納得できるほど。
「えっと、輸送費は?」
「こちらで持ちます」
「……堺の薬相場は知らないのですが、ずいぶんと高値ではないですか?」
「あれだけの効果があるのです。むしろ安すぎやしないかと不安なくらいでして。ご安心を。値段に関してはすでに家宗殿とは折り合いを付けています」
「……こちらとしてはもう少し安い方が助かるのですが?」
「へ? 安くするのですか?」
キョトンとする隆佐君だった。まぁ普通は買い取り額を引き上げようと交渉するものだものね。むしろそれを見越して(あちらとしては)安めの値段設定をしたのかもしれない。
ただ、高くしすぎると売れ残るんじゃないかと不安になってしまう。こっちは戦傷者を養う必要があるのだ、少し安くても定期的に買ってもらえる方がいい。
もちろんそんなことを口にしたら足元を見られそうなのでそれっぽい言い訳をひねり出す。
「薬とは安く大量に売らなければなりません。庶民の方でも手が届くくらいに。でなければ病気で亡くなる人がいつまで経っても減りませんから」
「……な、何と高潔な」
わなわなと震える隆佐君だった。私の口から出任せ、効果高すぎである。
そんな私の腹づもりなんて理解できるはずもなく隆佐君は涙まで流している。純粋な人だなぁ。うん、その純粋さに免じて『美濃のマムシから薬師瑠璃光如来様が生まれたか!』という呟きは聞かなかったことにする。
「しかし帰蝶様。あまり安い値段では逆に売れないのです。高い値段は信頼の証。高価だからこそ効くだろうと客は考えるのです」
「そういうものですか。……では、しばらくはそちらの希望通りの値段で販売し、知名度が上がりましたら値下げしましょうか」
「……その場合ですと値下げした分こちらも買い取り額を下げなければなりませぬが」
構いませんと私が答えると『ありがたや、ありがたや』と両手を合わされてしまった。
拝まれると何とも微妙な気分になるので話題を変えることにする。
「と、ところで、御尊父様が病気とのことですが……」
「あぁはい、先日得意先から帰ってきたところ急に倒れまして。一命は取り留めたのですが左半身に麻痺が残ってしまったのです」
ふむ、脱水症状からの脳梗塞ってところだろうか? 私は安楽椅子探偵じゃないので断言はできないけど、まぁ問題ない。
ポケット(外出時には元の世界の服を着ているのだ)に手を突っ込み、アイテムボックスに接続。ガラスビンを一つ取り出した。この前光秀さんの奥様煕子さんに使ったナノマシン・ポーションだ。
「な、何と美しいギヤマン! 帰蝶殿、それは……?」
「ポーションです」
「ぽーしょん?」
『……
ほうほう?
プリちゃんの助言通りの名前を伝えると隆佐君は『やはり薬師瑠璃光如来様ですか!』と感激した様子だった。なんで?
『阿伽陀とは薬師如来が持っているとされる薬ですので。なんでも身体の病も心の病もすべて治すことができるのだとか』
嵌められた。なんで薬師如来扱いされなきゃならないのか。解せぬ。
ちなみにポーションだと心の病は治せない。そういうのは状態異常解除の魔法を掛けましょう。
『それで治せるのは主様くらいだと思いますがね』
「ゴホン。御尊父様も半身に麻痺があっては何かとお辛いでしょう。今後もごひいきに、ということでこちらを差し上げます。半分程度を麻痺した患部に塗布し、残りは飲ませてあげてください」
「よ、よろしいのですか? ギヤマンだけでもかなり高価なものですが……」
「大丈夫ですよ。健康であることが一番ですから」
そう答えると隆佐君から(またもや)拝まれてしまった。解せぬ。
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