第51話 ワイン


 市助君のお父さんはもう大丈夫なので、港に戻ることにした。


 私たちの姿を見つけた犬千代君が気安げに手を振ってくる。


「姐御! どこ行ってたんですか? 光秀殿も、優勝者がいなくなっちゃあ盛り上がりに欠けるでしょう!」


 突如として始まった相撲大会は光秀さんが優勝したらしい。凄いぞ明智のみっちゃん。さすがは三日とはいえ天下を取った男である。



『三日じゃなくて十一日ですね。……畿内すらろくに掌握できなかったのですから『天下を取った』というのも無理があるのでは?』



 プリちゃんの酷評に私の中の全明智光秀が泣いた。

 でも正直本能寺ったあとの明智光秀のダメっぷりを見ると『ざっまぁねぇなぁキンカン頭!』ってなるよね? ならない?


 まぁ史実の『明智光秀』と明智のみっちゃんは別人だとしか思えないし、もしも謀反を起こしたらグーで殴るからそれは置いておくとして。


 ふ~む、私の家臣である光秀さんが大活躍したのだから、ご主人サマーとしては何か褒美を与えないといけないかな。ふふふ、なんて素晴らしいご主人サマーなのでしょう!


『主人と家臣というか、問題児な妹と苦労性の兄なのでは?』


 私のどこが問題児だというのか。こんなにも可愛くて素直で優秀な妹分だというのに!


『そういうところです』


 こういうところらしい。


 さてご褒美は何がいいだろうか? この時代にないもので、光秀さんが喜びそうなもの……くっ! ライフリング火縄銃が完成していれば嬉々として渡したのに!


『そんなもの渡されて喜ぶのは主様だけなのでは?』


 えー絶対喜ぶのにー。男の子は絶対喜ぶのにー。


 あ、そうだ。この前父様とお酒を飲んだって言っていたな。こういうとき、現地で生産されていないお酒を造って大人気! ってのは異世界ものの定番だし、お酒をあげよう。


 たしか師匠のために醸造したはいいけど、渡す前に異世界転移しちゃったので結局は死蔵することになったお酒たちがアイテムボックスの中に……あった。


 とりあえず一番手近なところにしまってあったワイン樽を取り出す。ほかにも焼酎やらウィスキーやら各種取りそろえております。師匠がお酒好き(オブラートに包んだ表現)だったもので。


「はい、では優勝した光秀さんにはご褒美をあげましょう」


「……こんな大きな樽をどうやって……いや馬車を出し入れしている時点で今さらか。しかし帰蝶。こんな私闘のような相撲大会で商品をもらうわけには……」


 真面目に渋る光秀さんの肩を三ちゃんが抱いた。まぁ身長差があるので『ぶら下がった』って感じだけど。


「はっはっはっ、光秀は真面目だのぉ。主人が褒美を与えるというのだから、ありがたくもらっておくのが礼儀というものだぞ?」


 あの織田信長が礼儀を語ってるの、超面白い。というかいつの間にか仲良くなってない? やはりあれか? 半裸でぶつかり合った(意味深)から打ち解けたのか?



『ただの相撲を意味深な表現にしないでください』



 今日もプリちゃんのツッコミは絶好調であった。


「ところで帰蝶、褒美とは一体何なのだ?」


「うん? お酒よお酒」


「……で、あるか」


 三ちゃんが興味なさそうな顔をする。そういえば織田信長って下戸だったっけ。くっ、お酒を醸造して三ちゃんの胃袋ゲット作戦は使えないか……。


 そんな三ちゃんの反応とは対照的に、犬千代君たちは爛々と目を輝かせた。


「酒!」


「酒ですか!?」


「そんな大きな樽に酒が!?」


「帰蝶様のことだから、もしかして珍しいお酒だったり!?」


 私のことだから、という物言いには納得しかねるけれど、まぁこの時代この国においては珍しいものに変わりはないでしょう。


「珍しいことは珍しいわね。ワインよ、ワイン」


「わいん?」



『この時代だと『珍陀酒』じゃないと通じないでしょうね。そもそもまだザビエルも来ていないので日本に伝来していない可能性が高いですが、南蛮商人は来ているみたいですし、もしかしたら堺の商人である今井宗久さんや小西弥左衛門さんは知っているかもしれません』



 ワインもないのか戦国時代。

 愉快な仲間たちが『是非拙者たちにも!』と期待の目を向けてきたけれど、まずは光秀さんに飲ませてあげることにした。ワイングラスを取りだし、中身を注いで光秀さんに手渡す。


「なんと、血のような赤……。き、帰蝶。これは本当に酒なのか?」


「赤ワインですからね。南蛮では神の血と呼ばれるお酒なんですよ?」


「ぬぅ、臭いは確かに血ではないが……」


 恐る恐るとワイングラスに鼻を近づける光秀さん。ビビりすぎである。



『主様が今までやらかしすぎたせいで、本当の血を飲まされるかもと警戒されているのでは?』



 私のことを何だと思っているのか。さすがの私でも血は飲ませない。いやスッポンの生き血ならあるいは、だけど。


 そんな光秀さんの様子を眺めながら家宗さんたちがひそひそ会話する。


「ほぅ、珍陀酒というものですな」


「たしか宗久殿は飲まれたことがあったとか」


「えぇ、機会に恵まれまして。……高い銭を払った割には酸っぱくて飲めたものではありませんでしたが」


「ふぅむ、安いならとにかく、高くて酸っぱい酒など売れはしませぬか」


「売れるようなら仕入れてもいいと思ったのですが」


 さすがは商人だけあって金もうけのことばかり考えているらしい。


『主様の同類ですね』


 失礼な。武器開発のこととか三ちゃんのことも考えていますことよ?


『もっと真っ当なことを考えて、真っ当な人生を送ったらどうですか?』


 今さら生き様を変えられるものかいな。



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