第27話 私鋳銭
お金がない。
大事なことなので二回言いました。
おフランスのマリーさんは言いました。お金がないなら自分で造ってしまえばいいじゃない。
『そんなことは言っていませんし、パンがなければ~という発言もマリーアントワネット自身はしていないとされています。といいますか当時はパンよりケーキの方が安く手に入ったのではないかという説もありますね』
プリちゃんのツッコミを聞きつつ家宗さんから支払われた永楽銭、その中から状態がいいものを十枚選んだ私である。
「――仏造りても魂入らず。精心込めれば魂入る」
屋敷の庭でゴーレムを錬成。質感としては粘土系だ。
ゴーレムの右手のひらに永楽銭を並べて、左手のひらを重ねて挟み込む。
ゴーレムの右手と左手を離させると、粘土質の手のひらは問題なく永楽銭の型どりをしてくれた。右手のひらが表面で、左手のひらが裏面ね。
型どりに使った永楽銭を取り外し、微調整。文字の潰れや欠けなどを直していく。なるべく綺麗な『永楽銭』になるように。
最後に、溶かした銅を流し込むための溝と余分な銅が流れ出る溝を掘れば『鋳型』の完成だ。ちょちょいのちょいと硬度を増して簡単に摩耗しないようにする。鋼より固いぜ、きっと。
「……帰蝶。何をしているのだ?」
そんな声を掛けてきたのは光秀さん。後ろには飛騨から帰ってきたらしい生駒家宗さんと、小西隆佐君、今井宗久さん。尋ねてきた商人三人組を光秀さんが案内してくれたってところか。
「ふっふっふ、見て分かりませんか?」
「だいたい分かるが、あえて聞いているのだ」
ちなみに光秀さんは平語。『私に仕えるのだから敬語は許しません!』『普通逆だと思うのだが?』というやり取りをした結果、正式な場以外では敬語禁止となった。だって今さら敬語で話されても寂しいし。
「もちろん、私鋳銭を作ろうとしているのですよ」
アイテムボックスからブロンズ(青銅)の塊を取り出しながら答えた私である。元の世界で錬金術の実験用に作製し、余ったものをそのまま死蔵していたのだ。純粋な銅よりも錫が混じっている方が硬くなる。これがいわゆる青銅というものだ。
ちなみに家宗さんたちにも何度か魔法を見せているので、空中から突如として現れた銅鉱石を見てもさほど驚いていない。
『そりゃあ巨大なゴーレムが動いていますからね。いまさらアイテムボックスくらいでは驚かないでしょう』
プリちゃんが指摘するのとほぼ同時、光秀さんが頭を抱えた。
「……帰蝶。私鋳銭の製造は死罪だが?」
「光秀さん、いいことを教えてあげましょう。取り締まりの対象はあくまで公的な銭を私鋳した場合。明国のお金である永楽銭は取り締まりの対象ではありません。というか日本の公的機関が鋳造した硬貨じゃないという意味では永楽銭も私鋳銭ですし」
という言い訳はプリちゃんの受け売りである。この子ときどき腹黒い。
『常時真っ黒な主様に比べれば幾分かマシかと』
はっはっはっ、そのケンカ買ってやろう。
私とプリちゃんが仁義なき戦いを始めようとしていると光秀さんがむむむと唸りだした。
「……いや、しかしだな……」
これはあと一押しだね。
「よろしい。では光秀さんに銭を新しく鋳造することの重大さを教えてあげましょう」
銭とはずっと使えるわけではなく、流通している間に摩耗したり欠けたりする。そうした銭は悪銭や鐚銭と呼ばれ忌避される傾向があった。材料に混ぜ物をしたり穴がふさがったりした低品質な私鋳銭の存在も、その傾向に拍車を掛けたと思われる。
なぜ鐚銭が悪いかというと、お金としての価値が低く取引されるからだ。一時期は鐚銭4枚で精銭1枚の価値にしかならなかったほど。400円持っているのに100円のものしか買えないと言えば分かり易いだろうか?
そもそも、硬貨の状態で価値が変化していては貨幣経済は成り立たない。
しかし事実として鐚銭は存在し、価値が低くなっていたわけであり。市場などでは鐚銭での取引は嫌がられるし、受け取る側は精銭と鐚銭を選り分けようとするから時間が無駄にかかる。
さらに言えば永楽銭などの真ん中に穴が空いた銭は紐を通して1000枚を1貫文として纏めて取り扱うけれど、悪い人とはいるものでその『貫』の中に鐚銭を平気で混ぜることが行われていたのだ。もちろん受け取る側も『貫』をバラバラにして一枚一枚チェックするからこれもまた無駄に時間と労力が必要となる。
だったら精銭を増やせばいいじゃないか、と思う人がいるかもしれないけれど、この時代ではすでに日本の貨幣鋳造技術は散逸してしまっている。
明=永楽銭の供給元は基本的に日本との貿易はしていないので大規模に入ってくることはない。
つまり新しい銭は市場に出回らず、かといって既存の銭は流通すればするほど摩耗し欠けていくのでだんだんと鐚銭になってしまう。精銭は減り鐚銭は増えていく。誤解を恐れずに言うならばこれは硬貨のデフレスパイラルだろう。
以上、プリちゃん知識をさも私の意見であるかのように語ってみた。
「というわけで、貨幣経済の健全性を保つためにも、鋳造技術を持った者は新しい永楽銭を造らなければならないのです」
「そ、そうか。そこまで考えていたのか……」
すっかり騙されて――じゃなくて、説得された光秀さんだった。うんうん人間話せば分かるものなのだ。
『さすがマムシの娘、よく口が回るもので』
その『マムシの娘』という形容は決定なの? 私本物の帰蝶じゃないんですけど?
『いえ遺伝子的には間違いなく道三の娘ですが?』
さらりと爆弾発言するプリちゃんだった。いやどういうこと? 私間違いなく(元)現代人ですよ?
私がプリちゃんを問い糾そうとすると、家宗さんと宗久さんが身を乗り出してきた。
「帰蝶様。実際に銭を鋳造してもらうことは可能でしょうか?」
「ぜひ、出来栄えを確認したいのですが」
「え? あ、はい。ちょっと待ってくださいね」
まずはブロンズを坩堝に投入。火魔法でおこした火の中で加熱する。普通は専用の炉で何十分もかけて溶かす必要があるのだけど、そこは魔法の力で坩堝から直接・すぐさま溶かすことができた。
ちなみに炎自体を操っているので『坩堝が落ちないように炎で支える』という芸当も可能だったりする。私はフリーハンドのまま銅を溶かすことができるのだ。
「……なんと、坩堝が炎の中で浮かんでいますな」
「現実とは信じられぬ光景です」
家宗さんと宗久さんは何とも表現しがたい顔をしていた。驚いているような、呆れてもいるような。
銅が十分に溶けたのでゴーレムを腕だけ錬成して坩堝を掴み、鋳型の中に銅を流し込む。まるで太陽のようなオレンジ色だ。
自然に冷えるのを待っているのも面倒なので温度を魔法で下げてしまって、完成。屋敷の縁側にできあがった永楽銭を置くと軽い音を立てた。
「ほうほう」
「これはこれは」
興味深そうにできあがったばかりの私鋳銭を眺める家宗さんと宗久さん。しばらくして冷えていると確認できたのか手にとって細部を確認していく。
「……帰蝶様。この永楽銭を量産することは可能ですか?」
「えぇ、原材料さえあれば」
「こちらで用意しますからぜひ量産を。もちろん相応の報酬は――」
「お待ちくだされ家宗殿。美濃国まで銅鉱石を運ぶとなればさすがに足が出るのでは?」
「しかし、これだけの品質の永楽銭が手に入るのですぞ?」
「かといって一文作るのに一文以上の費用を掛けては意味がないでしょう」
「ではどうしろと? これだけの永楽銭をみすみす放っておくのも辛いものがありますぞ?」
なにやら悩み出した家宗さんと宗久さん。商売人である二人には銭がだんだん劣化していっている現状が身にしみて理解できるのだろう。
よろしい。ここはおねーさんがサービスしてあげましょう。
「……では私が堺にまで取りに行きましょうか? アイテムボックスに詰め込めばかなり大量に輸送できますし」
「あいてむぼっくす、とは、こことは異なる空間に収納する技、でしたかな? 人一人の移動だけで馬や船を使わずにすむのなら確かに安上がりですが……さすがに美濃守護代の姫様を堺までお連れするわけには……」
「大丈夫です、
正確には『一度行ったことのある場所か、目視できる場所』という制限があるけれど。まぁ見晴らしのいい山の頂上に転移すればあとは数回の転移魔法で移動できると思う。
「……なるほど、帰蝶様ですからな」
なにやら諦めたように納得する家宗さんだった。
『主様に適応してしまいましたか。お可哀想に……』
なぜ同情されなければならないのか。解せぬ。
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