第651話 マムシ、動く


 なんか父様もまだ動きそうにないし、ここは甥っ子である斎藤龍興君のところに遊びに行こうかしら? ……いや、ここはお土産を準備して「帰蝶お姉ちゃん、大好き!」と言ってもらうという手も……?


『まだお土産も何も分からない歳でしょうが』


≪お姉ちゃん扱いを期待するのは無理があるじゃろ≫


「いくらお姉ちゃんぶっても、中身はアレだしねぇ」


 ちょっと師匠。中身はアレってどういう意味ですか? 実年齢がアレという意味なのか、あるいは精神年齢がアレという意味なのか……。


【両方じゃないですか?】


 自動翻訳ヴァーセットによる容赦のないツッコミであった。ただまぁ美少女からのツッコミなのでこれはこれで。


『ロリコン』


 さすがにスキル相手に欲情はせんわ。……たぶん、きっと、おそらくは。


『そういうところです』


 こういうところらしい。


 そんないつものやり取りをしながら龍興君のところに向かおうとしていると――いかにも疲弊した様子の男性が駆け込んできた。服装からして忍者かしら?


「ご注進! 尾張守護代、ご乱心!」


 おっと穏やかじゃないわね? 尾張守護代というと清洲城の織田信友か。


 にやり、と。狙い通りとばかりに父様が笑う。


「面白い。詳しく報告せよ」


「ははっ! 尾張守護代、兵を動員して尾張守護邸を包囲! 尾張守護斯波義統以下一族郎党、切腹して果てまして御座います!」


 その報告を聞き、早速プリちゃんが解説してくれる。


『織田信友に攻められ一族郎党、というのは信長公記通りの展開ですが……早すぎですね。史実では6年ほど後の事件であるはずですが』


 あー、史実でも死んじゃうんだ? その辺はまったく興味がないから知らなかったわ。


『……まぁ、信長が好きという人でも、尾張統一以前の信長の知識を持っている人は少ないですし』


 ふーやれやれと肩をすくめられてしまった。プリちゃんは光の球なので肩なんてないけどね。


「――帰蝶! 近衛師団を動かすぞ!」


 この美濃のマムシ、ノリノリである。隣国の守護が下克上で死亡とか大事件であるはずなんだけどね。


「はいはい、そうしましょうか。指揮官は光秀さんでいいんですか?」


「うむ。近衛師団の大将は光秀であるからな。――ただし、軍監としてこの道利を付けさせてもらうがな」


 ぐんかん?


『軍監。軍目付とも呼ばれる存在ですね。説明は……ちょっと難しいですが、戦において大名から派遣されるお目付役といいますか監査役といいますか。各人の戦働きを記録し、大名に報告する任務を負っていたとされています』


 ほぉほぉ。

 つまり近衛師団の大将は光秀さんだから、光秀さんから指揮権を奪うことはさすがにできない。けれど、父様の弟で息子として育てられた長井道利さんが口を出せば、光秀さんも無視することはできないと? まったく腹黒いことである。


『そんな思惑を一瞬で理解できるあなたこそ腹黒いのでは?』


 ふーやれやれと肩をすくめられてしまった。プリちゃんは光の玉なので肩なんて以下略。



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