第134話 梅雨将軍信長
≪――まぁ、良かろう。
少女の姿を取った玉龍が両手を天高く捧げた。神に対して祈りを捧げるように。この世界を祝福するかのように。
≪――
突如。
空が割れたかのような勢いで雨が降り始めた。耳が使い物にならなくなるほどの豪雨。草木は激しく揺れ動き、地面にはもう水が流れ始めている。
そんな豪雨の中。なぜか、信長は一切濡れていなかった。一滴の雨粒すら当たることはなかった。雨が避けるように――事実、
≪西海竜王・敖閏が一子、玉龍が
信長の頭上から光が降ってくる。きらきらと。まさしく祝福するかのように。
帰蝶のせいで大抵のことに驚かなくなった信長であるが、美しい光景に感動する心はある。信長が光の乱舞に魅入っていると――
「――あらまぁ、ずいぶんと、仲が、よろしいようで?」
背後から。そんな、破滅の声が聞こえてきた。
◇
「三ちゃんの初めてが! ぽっと出の美少女に取られてしまった! くやしい! 三ちゃんに初めて♪の祝福を与えるのは私だと思っていたのに!」
地面に両手を突いてうなだれる帰蝶であった。
竜神ならとにかく、人間であるはずの帰蝶が当然のように『祝福』を与えられることを前提に話が進んでいるが……、信長はあえて突っ込むようなことはしなかった。
だって帰蝶だし。
だって帰蝶だし。
帰蝶なら祝福を与えることくらいできよう。むしろ『え、無理』と言われた方が驚きだ。だって帰蝶だし。だって帰蝶だし。
自分の中で折り合いを付けたのか帰蝶が立ち上がり、信長の顔をジロジロと覗き込んでくる。
「ふ~ん、本気の『加護』みたいね。ならば良し。テキトーな加護だったら蒲焼きにしているところだったけど」
何でもないような物言いに、しかし玉龍は玉のような汗を流し始めた。軽い口調の中から紛れもない本気を感じ取ったらしい。
ちなみにこの時代にも『蒲焼き』はある。あるが、現代日本人がイメージするようなウナギの蒲焼きではないし、あまり有名な調理法でもないので信長はピンとはこなかった。どうせ碌でもないことだろうなぁと察することができるだけで。
「さて。それはともかくとして」
ガッシリと。帰蝶が玉龍(人間形態)の首根っこを掴んだ。玉龍はもがき逃れようとするが帰蝶はびくともしない。あの細腕のどこにそんな力があるのやら。
「うちの『夫』を虐めるような悪いドラゴンには、ちょ~っとだけお仕置きが必要よね?」
どうやら先ほどの『織田信長の未来』を見せたことは虐め判定を喰らうらしい。
≪い、いやいや落ち着くのだ異境の女よ! アレはあくまで覚悟を問うたのみ! 虐めたわけではないのだ!≫
玉龍が必死に言い訳するが、帰蝶は聞く耳も持たない。
「というか
≪むぅ……≫
「伊勢長島にしたっていきなり蜂起して信長の弟たちを自害させて。いざ劣勢になったら一方的に降伏して、そのくせ伏兵を潜ませているし……。あの時点で伏兵による奇襲ができたってことは、降伏する人間が鉄砲の射程外に逃れてから襲いかかるつもりだったんでしょ? その伏兵のせいでどれだけ信長の親族が討ち死にしたか。そんなことばかりしているから降伏も信じてもらえずに丸焼きにされるのよ」
≪…………≫
「何より許せないのが、あなた、わざわざ、三ちゃんに、弟の殺害場面を見せるだなんて……ねぇ。やっぱり
≪……………………≫
帰蝶からの殺気に当てられたのか、滝のような汗を流す玉龍。信長には不自然なほどに殺気を感じ取ることができなかったが……まぁ、帰蝶のことだ。信長だけを避けて殺気を放つことくらいしてみせるだろう。
さすがに竜神様相手に『おしおき』させるわけにはいかないし、今の竜神様は少女の見た目をしている。恐れ多さと同情心から信長は帰蝶に声を掛けた。
「まぁ、待つのだ帰蝶。竜神様もわしのことを思ってあのようなことをしてくださったのだから……」
玉龍の味方についた信長に、帰蝶がじっとーっとした目を向ける。
「……あんな短時間のうちに三ちゃんを口説き落とすとは、おのれ駄トカゲめ……。というか三ちゃんも三ちゃんよね。こんなあっさり
最後の方は何を言っているのか分からない信長だったが、批難されているのは何となく分かった。
そして――
『――いえ、絆されるとかではなく、人として当然の判断なのでは?』
そんな幻聴が聞こえる信長だった。
それと、なにやら帰蝶の周りを『光る球体』が飛んでいる気がするが……気のせいだろう。太陽を見ると
「まったく」
信長へ存分に文句を付けつつも、あっさりと手を離して玉龍を解放する帰蝶。やはり甘い。激甘である。
危ないところで危機を逃れた玉龍は素早く信長の背後に回る。信長の肩に手を乗せ、背中に胸を押しつけるのも忘れない。
女遊びなどしない信長であるが、年頃の男の子であるし、女体に興味がないわけではない。そもそも未来の『織田信長』は子だくさんだ。
美しい少女(と柔らかさ)が背中に密着している現状は、男児としてはかなり喜ばしい展開なのであるが、いかんせん目の前に魔王――いや覇王――いやいや妻がいるので鼻の下を伸ばしてもいられない。
なんだかもう、風もないのに帰蝶の髪がメラメラと蠢いている。怒りを表現するかのように。満面の笑みを浮かべているのが逆に怖い。
『……あれだけ『側室O.K.』的なことを言っていたくせに、結局は嫉妬するんですね……』
駄竜は想定外です。
と、やはり幻聴が聞こえてしまう信長であった。
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